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2013-04

型を体得しないと「型破り」にはなれません‐「21世紀の型破り」という視点

 以前にも、取り上げたことのある「守・破・離」について、改めて別の角度からも考えてみたいと思い取り上げてみました。
 まず「型」にはめてみよう

「守・破・離」は、歴史的にも「道」の概念が生活に深く浸透している日本人にとっては、身近な言葉であり概念です。世阿弥が風姿花伝書で説いているだけあって、歌舞伎の世界を代表する坂東玉三郎氏と中村勘三郎氏の言葉を引用して、改めて近現代風に味わってみましょう。

 「型破りな演技は、型を知らずにはできない
  型を知らずにやるのは、型なしというのだ」

“奇跡の女形”と呼ばれる歌舞伎俳優・坂東玉三郎さんが、14歳で玉三郎を襲名した頃、師匠である守田勘弥さんから言われた言葉だそうです。
NHKの「プロフェッショナルを導いた言葉」という番組で紹介されていたのを引用致します。

 「若い人はすぐ型破りをやりたがるけれど、型を会得した人間がそれを破ることを『型破り』というのであって、型のない人間がそれをやろうとするのは、ただの『かたなし』です」

 同じく歌舞伎の、食道がんの闘病の末に昨年12月に亡くなられた中村勘三郎さんの言葉です。この春銀座歌舞伎座の改修が完了し、お披露目に勘三郎氏の姿が見られないのを現実にして、失ったものの大きさを実感させられたのではないでしょうか。オリジナルはWeb上に見つけられなかったのですが、blog など多くのサイトに引用されています。
 他の「道」では、例えば将棋や囲碁の「定石」もお互いの最善手の応酬から成り立っています。定石を理解し覚えるまでには、定石から外れた手に対してどのように対応するのかも理解して初めてマスターしたと言うことができます。勉強不十分の間は、定石はずれの手を打たれて、正しく対応できずに形勢が悪くなったりします。そのプロセスを通じてその道での発想やセンスを身につけて行きます。
 サイエンスなどの発見やイノベーションでも、成功に至る過程で数限りない失敗が積み上げられています。料理のレシピでも同じでしょう。その失敗の歴史を知らずに、「よし、ここを変えるともっと美味しくなる」と思いつきだけでチャレンジしても、まず上手くはいきません。既に誰かが試してみて、失敗だったことを確認しているケースが殆どです。今に残っている風習・習慣も、長い歴史の中で数限りないバリエーションが試された上で、その結果生き残った「最も合理的な社会的ソリューション」ということができるでしょう。
 我々は、練習し体得するプロセスを通じて、チャレンジして失敗を重ねるプロセスを通じて、「型」が出来上がった過去の経験を追体験し、なぜその「型」が出来上がったのかを体験し、「型」に至る価値観やセンスを体得するのです。

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 実際に「型を破る」ために血のにじむような努力を重ねている人は、社会でもごく一部のトッププレーヤーでしょう。我流という「かたなし」でやっておられる人も沢山頭に浮かびますが、「型」を表面的になぞっているだけの人、即ち「どうしてこの型に洗練されたのか」という意義・いきさつを考えていない人も多いのではでしょうか。
 意義・いきさつを考えていないのは、日本人の社会観や価値観に寄るところも大きいように思います。この点は「なぜ、日本人はルール作りに参加しないのか」とも共通の本質があるように感じますので、今回少し考えてみたいと思います。

 これまでに、日本が国際的に有利な戦いの場で欧米諸国にルールを変更されて「ジャパン・バッシング」という文字がメディアに踊った光景を何度も見てきました。例えば、スキージャンプ競技におけるスキー板の長さ制限に関するルール変更で、長野五輪以降日本選手は勝てなくなった例、F1でターボ・エンジンを搭載したホンダ車に対し、ターボ・エンジン禁止のルールが設定された例などが思い出されます。
 スキージャンプ競技の例では、1998年の長野冬季オリンピックにおいて舟木、原田のノーマルヒルとラージヒルでのメダルと団体で金メダル獲得と日本人選手は大活躍しました、その翌年これまで「身長+80 cm 」だったスキー板長さ制限が「身長の最大146%(最長で270センチ)まで」に変更されました。身長に劣る日本人選手のはけるスキー板が短くなる変更で、それ以降日本のジャンプ陣の低迷が続いたことは皆さんも記憶しておられることと思います。
 また、1988年のF1では、ドライバーにアラン・プロストとアイルトン・セナを擁したマクラーレン・ホンダチームは、16戦中15戦で優勝という「無敵」の名を欲しいままにしました。その翌年、国際自動車連盟(FIA)は、「ターボ・エンジンを禁止する」ルール変更を発表しています。
 その他では、柔道(日本の美学は、一本勝ちです)のレスリング化など、この類の(一見?)日本に不利になる「ルール変更」の例は枚挙にいとまがありません。

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 欧米諸国はこのように自らが有利なようにルールを作る戦略を堂々と取っています。
欧州のビジネス戦略でも、EUが独自に作ったルールをてこに欧州企業の競争力を高める動きが含まれています。国際会計基準、リチウム電池に関する指令から、電気自動車の充電コンセントの国際規格などの例が頭に浮かんできます。
 一方、日本人は「ルールを守る」ことを行動の美学と考える価値観を持っているのではないでしょうか。たいていの日本人にとって、ルールは「他の誰かが作るもの」であって、行動の美学は「ルールを守る中で最善の努力をする」ことだと感じているように思います。江戸時代から、ルールは官やお上といった権威ある人・組織が作るもので、下々の者はそれを守るだけで、口を出すなどと畏れ多いといったところでしょう。
 これに対して欧米人にとってルールは「決めごと」であり、守ることは大切だが、自分にとり不利であれば、変更・交渉するものと理解しているのでしょう。ルールは石に刻まれた絶対なものではなく、あくまで「スタンダード」・「目安」なのです。
 欧米(といってもアメリカは、欧州からの移民ですが)の市民自治においては、政治家は市民の代表であり、自分達の意見・権利の代弁者です。ルールも、代表者達が決めて下に下ろすのではなく、市民が提案して上に上げて行くものです。なぜ、そのようなルールにするのか、そのルールはどのような意味・意義・目的があるのか、そのルールによって何を達成したいのか、を考え、議論している主体は、お上ではなく市民なのです。

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 では、ルールを変更する意義・意味はどこにあるのでしょうか?
 「独占禁止法」のコンセプトと共通ですが、特定の商品・企業が市場を独占すれば、商品を買う顧客にとって選択の自由度がなくなりますし、企業同士で切磋琢磨して技術・改革をドライブするモチベーションも下がります。また、スポーツでも同様に同じチームばかりが勝っていると興行として盛り上がらなくなり、ファンもしらけてしまいます。そこで、ルールを変更して独占や勝ちすぎを緩和・調整する戦略に出る、という訳です。即ち、独占がマーケットメカニズムを不健全にしたり、スポーツの興行性を低下させると、その領域の発展を阻害し、顧客やひいては豊かな社会の利益を棄損する、という発想です。
 「ルール」などの制約が、新たな発想による人・企業にとって成長努力を生むためのモーティブフォースになりうる、というわけです。競争や競合が改革と発展につながる唯一の手段であること、また、顧客の利益、社会の利益が最優先されている、という視点は21世紀のグローバル社会で、我々日本人も学び、身につけて行かなければならない価値観ではないでしょうか。
 日本人の価値観では、「道」とつく競技の目的は心身の鍛練にあるのであった、そこに試合を興行化して、顧客の楽しみにする要素は少ないと考えられます。また、「道を極める」のは、求道者一人一人の価値観に立脚していたり、求道者と自然との対話の中から高めて行くものであって、顧客から離れれば離れるほど、高みに昇るほど素晴らしいと考えられており、そこには顧客主義 customer’s focus という視点はありません。
 このグローバル化の時代、「型」を考え、習得し、その意義や価値を体得していく上でも、「グローバルの顧客」を意識して「型破り」にチャレンジしてゆく視点が、ガラパゴス化しないためにも、求められているのでしょう。Global customer は diverse で、「型破り」の方向、正解は一つではありません。地域・文化それぞれに customize した「型破り」が考えられます。
 「ルールを決める」ステージに参加する(TPPも同じです)ところから、戦いは始まっています。一人称の視点で「求道者」になりがちな我々日本人にとって、高みに昇るだけではなく、顧客の立場に立ち戻って、顧客と社会の目線で「型破り」挑戦してゆく眼をやしなってゆく必要性に気付かされます。
 こういった「型破り」に挑戦する人材を育成してゆくためにも、結果・成果だけを見るのではなく、「型」を体得するプロセスを評価し、そこから得た competency を評価し、いろんな顧客・地域・文化に合った「型破り」に挑戦する多種多様な人材を育成することに今コミットしなければ遅れをとってしまうでしょう。金太郎飴のような人材育成を行っていたOJTのことは、頭から消し去って、一刻も早くスタートを切る必要がありそうです。





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プロフィール

scaramouche

Author:scaramouche
I am an Executive coach, Consultant and Negotiator working in Tokyo, Japan. In charge with develop people, leadership management and motivation management, supporting president level, executive level and organization level.
Concurrently a visiting lecturer/researcher in Ohmae Kenichi School of Business.

After earning MD and PhD in medicine, I experienced medical practice as an anesthesiologist and ICU expert followed by scientific research work of molecular biology and molecular genetics. Following academic experiences, I joined to a global pharmaceutical company, and experienced Drug Discovery projects, Biomarker works in global Biomarker group, and Drug Development projects in the global context of drug development. Through my medical and business career, I have shown leadership involving internal and external stakeholders to create the value of projects.

Specialties: MBA (Business strategy, Marketing, and People Development), GLLC Certified Coach, JCA Certified Medical Coach, ABNLP Certified NLP practitioner, JNLPA Certified NLP practitioner, JSNS Certified Negotiation analyst, MD.Sc, PhD (Medical), Faculty Fellow of Pharmaceutical Medicine, Certification by the Training course of Biomedical Ethics and Law (Tokyo University).

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