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2012-11

書評: 藤原和博著 「坂の上の坂」

書評: 藤原和博著 「坂の上の坂: 30代から始めておきたい55のこと」 (ポプラ社:ポプラ文庫)

「坂の上の坂」(ポプラ社)
「坂の上の坂」ポプラ文庫


 今回は、民間人校長として著名な藤原和博氏の「坂の上の坂」を題材に雑感を述べてみたいと思います。いつも、3,000、4,000字といった長い文章を書いてしまうので、短くて皆さまにとっても負担の少ない文章も書こうと自戒の意味も込めて書評を試みてみることにしました。
 著者の藤原和博氏は、1955年生まれ高度成長期を肌感覚で知る最後の世代で、時代の変遷を体感され、変化の中で、社会と人の幸せを問いかけ続けたところにこの著書を著された視点の原点があります。東大を卒業されたのち、当時はベンチャー企業として全く世に知られていなかったリクルートに就職される、という元来challenging な性格と考えられ、「安定」という言葉は彼の辞書にはない開拓精神にあふれる故の人生を歩まれてこられました。また、リクルートの企業文化も当時の重厚長大産業全盛時代にあって21世紀のベンチャー精神を先取りしたものであり、著者の性格・長所を受け入れる組織としては最高のめぐり合わせであったのではないでしょうか。
 題名は、司馬遼太郎氏の長編歴史小説「坂の上の雲」と対比してつけられている訳ですが、「坂の上の雲」は皆さまもよくご存じのように、封建の世から目覚めたばかりの日本が、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い登って行った近代国家・列強を「坂の上の雲」に例えてつけられた題名です。「坂の上の雲」の後半は歴史小説「日露戦争」の様相を呈していますが、列強国「ロシア」に勝利する大番狂わせを演じて国際的に近代国家の仲間入りを果たした所に国家として一段坂を登った「時間」を感じることができるでしょう。
 これに対して、「坂の上の坂」には、21世紀変化の激しい時代(キーワードはagility と言ってもよいのではないでしょうか)、一歩先は見えない立場になった時代、坂を登っても次の「坂」しか見えない、というメッセージが込められています。即ち、目指すべき「雲」は決して所与ではなく、自分で自分自身のビジョンとゴールをゼロベースで設定し、一歩進むとPDCAを繰り返しビジョンとゴールを検証し、再びゼロベースでビジョンとゴールの仮説をたてる事が求められています。常に、一歩先の見えない状況において仮説検証を求められるため、経験値が必ずしも当てはめられる訳ではなく、新しい状況を理解するために新しい知識・知恵が求められ続ける時代環境に移行した、ということでしょう。

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 本書は、藤原和博氏がその時々の時代背景を考え、著者が何を感じ、どのように考えて行動し、そして何を学んできたかをつづった自叙伝です。「55歳までにやっておきたい55のこと」「30代から始めておきたい55のこと」と副題にもあるように、平均寿命も短く、ひと山超えて人生の終わりを迎える「坂の上の雲」の時代に比べて、ひと山越えてもまだ残りの人生は長くまだ山を幾つも越えてゆかねばならない現代において、”50代からの30年間をどう過ごすか?”「坂の上を坂」を登るにはそのための準備と新たな心構えが必要なことを書き記すといった動機で本書を企画されておられます。
 この時代変化を肌感覚で伝えているところが本書の秀逸なところであり、この時代変化の中に人生を送られ、開拓精神から世の中を眺め、また知的好奇心・資質に恵まれたといった条件のそろっておられた著者ゆえに達成できた良書といえるでしょう。我々がこの書に接する機会を得ることができた最大の功労者は、リクルートではないでしょうか。新卒時代の若き著者を受入れ、承認することのできる時代を先んじる組織に出会うことがなければ、著者がchallenging な歩みを続けることも、本書もなかったでしょう。

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 本書は、「無謀なことをやろうとするほど、人は応援してくれる」という魅力的で、全面的に同意できるテーマで始まっています。ただし、誰でも応援してはくれません。同じレベル、ビジョンに共感できるだけの相手を選ばなければならないでしょう。それも、論語に「君子は和して同ぜず。小人同じて和せず」(子路第十三の二十三)と本質を捉えられているように、表面的には直接応援はしてくれません。そういう相手を選ばなければならず、そういった相手のためこそ時間を使わなければならないのです。話を元に戻して、各々のテーマはまた取り上げてみたい本質的な魅力に溢れているのですが、またの機会に取り上げるとして、今回は全体の流れを考えてみたいと思います。
 著者は、37歳から2年間リクルート社員としてヨーロッパに駐在し、海外で独立しておられます。「あえて危機を演出することが、自分を成長させる」ためと述べられておられますが、欧米に追い付け追い越せという「与えられた目標」に向かって、均一な文化であった当時新興国の日本にあって、先進国・成熟国家に移行する時期を前にどのように対応し、どのような準備をしたらよいのか国内では何も見えてこない不安にかられて先進国の環境に飛び込まれたのだと思います。
 そこで著者が見たものは、高度成長期の日本のような「みんな一緒」の社会ではなく、一億総中流社会と呼ばれた塊が「一人一人」に分かれてゆく社会でした。我々は今 ”diversity” と呼んでいますが、社会全体・企業全体で一つの均質な目標を掲げるのではなく、「みんな違ってみんないい」(*1)というように、個々人が多様な価値観をもち各々の生き方を追い求める「成熟社会」でした。日本も、今「成熟社会」への移行に直面していますが、大前研一学長の言葉を借りると「volume 国家からquality 国家へのパラダイムシフトが求められている」と同じ方向を指しているとも言えるでしょう。
欧米といった均一な目標を追う中で、出世・年収などに差別化の要因を求めた高度成長期から脱して、成熟社会は「多様性」の中に生きる喜び、幸せを求めてゆく社会です。このパラダイムシフトをドライブするに当たって、著者がターゲットにしたものは「教育」でした。人が変わらないと、人生も社会も変わらない、ということでしょう(*2)。正解主義、前例主義、事なかれ主義の社会を教育から変えよう、というチャレンジでした。皆さんも実感されるように、まだ我々の社会には「成熟国家」・「quality 国家」のコンセプトが共有されていません。本来は、経済成長の具体的な政策を掲げて、国家のリーダーがその責を負うべきことかも知れませんが、不幸にして日本は「リーダーシップ」という資質に大きく欠けた国です。日本人がリーダーシップに欠けた国民とは思いませんが、リーダーシップを育む文化と教育に欠けた国と思います。

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 最後に、著者は「これから心掛けていくべき」は、「『会社』ではなく『社会』へ、さらには『家族との人生』へ意識をシフトすること」と成熟社会で取り組んでゆくメッセージを伝えています。企業では、利益のためにビジネス行っているのは既に過去の姿として認識されており、「どのような社会貢献」をしているかが消費者に見られています。アメリカの1%の大富豪にとっては、寄付行為であったり慈善事業を展開してゆくことが、価値ある人生と理解されている、といった21世紀のグローバル環境と一体化する文化を築くこと必要性を伝えています。また、放射能や国債などで孫世代への借りはじつに大きく、「教育」でお返しるすしかない、として「孫育て」にコミットする提案をされています。
 著者の大海への一滴、日本の文化へのチャレンジが、皆さんの共感と共鳴を生み出せるように、我々一人一人が触媒になってゆけるように、一人一人がやるべきことを考えるきっかけになる一冊ではないでしょうか。
 グローバル化の波にとり残されようとしている日本が変わるために、残された時間はわずかです。


【引用】
*1 金子みすず「わたしと小鳥と鈴と」より、最後の一行

*2 ヒンズー教の教え
「心が変われば、態度が変わる。 態度が変われば、行動が変わる。 行動が変われば、習慣が変わる。 習慣が変われば、人格が変わる。 人格が変われば、運命が変わる。 運命が変われば、人生が変わる」

*3 参考 
「成毛眞ブログの書評」





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プロフィール

scaramouche

Author:scaramouche
I am an Executive coach, Consultant and Negotiator working in Tokyo, Japan. In charge with develop people, leadership management and motivation management, supporting president level, executive level and organization level.
Concurrently a visiting lecturer/researcher in Ohmae Kenichi School of Business.

After earning MD and PhD in medicine, I experienced medical practice as an anesthesiologist and ICU expert followed by scientific research work of molecular biology and molecular genetics. Following academic experiences, I joined to a global pharmaceutical company, and experienced Drug Discovery projects, Biomarker works in global Biomarker group, and Drug Development projects in the global context of drug development. Through my medical and business career, I have shown leadership involving internal and external stakeholders to create the value of projects.

Specialties: MBA (Business strategy, Marketing, and People Development), GLLC Certified Coach, JCA Certified Medical Coach, ABNLP Certified NLP practitioner, JNLPA Certified NLP practitioner, JSNS Certified Negotiation analyst, MD.Sc, PhD (Medical), Faculty Fellow of Pharmaceutical Medicine, Certification by the Training course of Biomedical Ethics and Law (Tokyo University).

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