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2020-04

共感 vs 同情

 いよいよ2012年も残すところあと1週間を切るところまでやってきました。こうやって拙いblog をお読み頂いている読者の皆さまに、本当に感謝申し上げたいと思います。本年は空白の期間ができてしまったりと、blogger としては十分なメッセージをお伝えできず、反省の多い、私にとっては気付く所の多い実りの多い年でもありました。2013年も皆様に一味違うメッセージを発信してゆけるよう、信頼関係の回復に向けて一歩一歩着実に進めてゆければと思っております。今回は、2012年の終わりにコーチング・心理学の話題を取り挙げてみたいと思います。共感と同情、単なる言葉の定義という意味ではなく、もう少し本質的に深く考えてみたいと思います。
 自分でも信じられないような失敗をしたり、とても大切なポイントでしくじったりしてがっくり来ている時に、友人から慰められても、「(安易な)同情はいらない」と思ったことが、きっと皆さんのこれまでの人生でもおありなのではないでしょうか。
 私も、自分で感じたことも、相手に感じさせてしまった体験を思い出しながら、この文章を書いています。
 そうですね、読者の皆さまも何となく感じておられるように、「共感」は相手の感情にフォーカスが当たっていますが、「同情」は自分の感情・価値観で対応しています。「相手がどのように感じているか」にアンテナを立てずに、自分の価値観で慰めの言葉を伝えても、相手に響くことを期待するのは難しいでしょう。
 「お節介」という言葉がありますが、「こんなことしてあげたい」とか「こうしたらいいのに」と思っている状況は、既に自分の価値観を相手に押し付けています。自分の価値観を相手に押し付けていることが、「同情」であり「お節介」なのです。

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 では、「共感」とはどういう状態でしょうか? 書き下すと「相手の感じ方、考え方を理解し、敏感に感じ取る」位なのでしょうけれども、「相手の心に寄り添う」と言葉では表してみても、「そんなことできるの?」と疑問が湧いてきますね。私たちは、たとえ親友や恋人であっても、相手のことを砂粒ほども知らないのではないでしょうか。大体自分自身のことでさえ、どのような状況でどのような感情が起きるのか理解できてない所も沢山あるのではないかと思います。ですから、我々にできる事は、相手のことを受入れてあげることだけではないかとでしょうか。
 コーチングにおいても、クライアント/相手との信頼関係や相手を受入れることが土台になります。その時に自分に起こった感情の変化であったり、自分がどのような反応を示しているかを理解することが、相手の感情の変化を理解することにつながります。このような経験を積み重ねてゆくことにより、クライアントがどうしてその話題を取り挙げているのか? そのような言い回しにしているのは何か?といったクライアントの中で起きていることや、クライアントの背景にアンテナが立つようになってきます。自分の価値観やレッテルが強い間は、そこまではなかなか見えてこないものです。そして、相手の背景にアンテナが立ってくると、おぼろげながら、共感と呼べるほどは明確ではないにしても、一体感が感じられるようになってくる瞬間を経験できるようになります。

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 会話中から、「共感」できる状態になるまで、いくらかチューニングの時間が必要と感じます。自分の価値観といった癖を知り、自分の中に起きた変化を感じて、コントロール/チューニングするのに直ぐというのは難しいのでしょう。
 相手の感情に向かい合うのは、元来そうたやすい事ではないのです。すぐに「相手のために何かしてあげたい」と、自分の価値観に従って自分が楽になりたい誘惑にかられてしまいます。人間ともすると安易に流れがちなものなので、この誘惑を断ち切って、相手と向かい合う勇気を振り絞るためにいくらかの時間が必要なのです。
 実際にクライアント/相手と向かい合っていると、こういった自分の変化が相手に影響を及ぼします。「コーチはクライアントの鏡になる」と言われますが、誰でも「自分が外からどのように見えているか」はなかなか気づかないものでコーチのフィードバックや対応の変化がクライアントには「自分の姿を写す鏡」となるのです。

 これらは、あくまでコーチ側の感覚です。コーチングが機能して、クライアント/相手の潜在能力や隠された強みを引出せた時には、クライアントは往々にして「自分で気づき、自分で行動し、自分で達成した」と感じることが多いようです。そこには、「コーチに何かしてもらった」という感覚はありません。正にその通りで、コーチは何もしていません。何もしていないのが機能するコーチングの姿であり、コーチングをやっていてよかったと遣り甲斐を実感する瞬間です。




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多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない

 5月の末以来半年もの長期に渡り、当 blog サイトの更新に手が付かず、ご訪問頂いた皆さまに大変ご迷惑お掛けしたことを深くお詫び申し上げたいと存じます。
 この間、independent company の立上げなど激変の日々でしたが、改めてこのようにメッセージを発信できること、ひとえにこうやって目を通していただいている皆さまがおられることが励みとなっており、心より感謝申致す次第です。もとより微力ではございますが、少しでも皆さまのお役に立てるよう努力を重ねたいと存じます。改めて今後とも宜しくお願い申し上げます。

 今回は、facebook にupload 致しましたように、11月23日付けの日経朝刊記事に引用されていた国立情報学研究所准教授の小林哲郎先生のコメントに良いヒントを頂き、視点・視野などについて書いてみました。
 まず、記事の引用からです:
「ネットでは利用者の関心を探り、ぴったりの情報や広告を届けるサービスの開発競争も進む。「人は自分に都合のいい情報にしか触れない」(国立情報学研究所准教授の小林哲郎=34)との心理に拍車がかかり、世界を広げるはずのネットが人類を「狭い世界」に閉じ込めるリスクがある」(*1)

 カエサル(ジュリウス・シーザー)の名言ありますように、「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」といつも実感させられます。「実感している」というのは、自分自身のことについて実感しておりますし、コーチングさせて頂いておりますクライアントの皆さんについても新しい視点から気付かされることが沢山あると感じます。
 「見たいと欲する現実しか見ていない」という内容には、2つの要素がありそうです。まず、一旦自分が理解・評価すると、その概念がラベル・レッテルとして貼られてしまい、他の解釈を封印してしまうこと。二点目は、広く視野を持つよう心掛けていても、人間どこかに集中するとたちまち視野狭窄をきたしてしまうということです。
視野・視点から少し話が脱線しますが、囲碁の藤沢秀行名誉碁聖と将棋の芹沢博文八段(囲碁もアマトップクラスでした)との対談でこんな逸話が知られています。「もし囲碁/将棋の神様が知っていること100としたら、我々はどれくらいのことが解っているだろうか?」と二人が紙に書いて出してみると、藤沢名誉棋聖は酔って気が大きくなっていたので「6」、芹沢八段は「4か5」でした。藤沢秀行名誉棋聖は、なにかとお騒がせ人生でしたが、「プロの指南役」と呼ばれた天才棋士でした。NHKによる追悼番組がYouTube にupload されていますので、碁を打たれない方も、是非一度ご覧になってみて下さい(*2)。藤沢秀行名誉棋聖は、自著『野垂れ死に』でも「わからない、ということがわかるためには、よほどの勉強が必要なのだ」と述べておられますが、改めて心に響きます。

1)レッテルを貼る
 さて、話をもとに戻しまして、まず「レッテルを貼って見てしまう」ことについて考えてみましょう。世の中の人でも、モノでも、出来事でも、実際の姿は多面的で、いろいろな角度・視点から眺めてみて、頭の中で再構成して立体的に把握しないとその姿は捉えることができません。この「再構成する」能力が問われます。
 とはいえ、どんなモノにも毎回このように「概念の再構成」して理解したのでは、遅々としてモノゴト進まないので、「○○は、△」というように「一言でいうと、要するに何か?」「○○さんは、こういう人」と理解しているのではないでしょうか。現実の世界では情報の選択を行って効率化を計っていますので、当然と思います。
しかし、最初は最も本質をついていた「ラベル」も時が経つにつれて変化していきます。また、人は変わっていなくても、環境に応じて使っている資質も変わってきますので、異なる環境の下では違った「ラベル」で理解する必要が出てきます。しかし、一度ラベルが貼られるとその固定概念で捉えてしまい、実態と合わなくなっていてもなかなか気がつかない状況に陥ってしまった経験も皆さんもお持ちではないでしょうか。
正に、「見たいと欲する現実しか見ていない」状況に陥っているのですが、その「見たいと欲する現実」というのもまた自分自身が作り上げていたり、「他人が言った事をうのみにする」というように自分自身が選択した結果なのです。

2)視野狭窄をきたす
 次に、「視野狭窄をきたす」面について考えてみたいと思います。
人間の目は顔の前面についています。その最大の長所は「立体視ができること」ですが、その反面「視野」が限定されてしまう運命から逃れることができなくなってしまっています。霊長類と人間は、「注視」することが得意な解剖学的特徴を持っているということです。反対に、動物を考えてみましょう。身の回りの動物たちを見ても、殆どは目が顔の横についていて、180度x2=360度の視野を確保しています。勿論、魚、ヤギやウサギになった人がいる訳ではないので実体験することはできませんが、普段は360度の風景を漠然と広く眺めていると言われています。彼らが視野を狭めてフォーカスする時というと、狩りをする時、それと敵と出会って「逃げるか闘うか」選択する時でしょう。
 取り組む事に集中するとすぐに視野狭窄をきたすことは、皆さんも実体験されているのではないでしょうか。我々は、普段の社会生活でも、意識していないと視点・視座を変えたり、視野を広げることはどちらかというと苦手なようです。視野狭窄をきたさないための心得は、17世紀には世阿弥がその著書「風姿花伝書」の中で指摘しています。能の稽古・修行においても、離れた所から自分の芸を眺めることを意識することが必要で、彼は「離見の見」という言葉を創造しています。視点・視野を変えてモノゴトの姿を理解することの重要さを、歴史上でも古くから認識していた人類の知恵には改めて感服致します。
 藤沢秀行名誉棋聖の逸話でもご紹介したように、我々は知っている部分はごくわずかで、見えている視野は更に狭まる傾向にあります。こういう事実を認識した上で、「虫の目・鳥の目」と高所から俯瞰したり、「離見の見」のように意識的に視野を広げてみると、また新しい風景が見えてきたり、認識や理解が変わったり、貼っていたラベルを貼りかえたり、といったことが可能になってきます。
 視点を変える(異なる角度から眺めてみる)、視座を変える(異なる立場で見てみる)、視野を広げる(虫の目から、鳥の目に高所から眺めてみる)、と意識的に心がけてみることにより、風景も世界も変わることを私たちはしばしば経験します。コーチングにおいても、コーチはクライアントに新しい視点を提供します。人のもっている引出しは、わずかなレパートリーしか持ち合わせていないので、他人から学んだ視点から改めて風景を見てみると、新しい世界が見えてきます。この引出しの少ない事はコーチも同じで、我々も他のコーチからコーチングを受け、クライアントの皆さまや日々のコミュニケーションから新しい視点を身につけるように毎日心掛けています。

3)Web社会における視点・視野
 前置きが長くなってしまいましたが、小林准教授のメッセージ「人は自分に都合のいい情報にしか触れない」から新たに気づかされたことは、21世紀Web 社会に移行しコミュニケーション環境が更に変化してきていることでした。即ち、実社会においてはまだ周囲の人々からのフィードバックを受けることによって、自分自身の視点・視野の外側からご指摘を頂いたり、相手の反応から感じ取る機会を得ています。しかし、現代のネット社会においては、自分の視野・視点からしか世の中と関わりを持たない時間が長くなってしまっている可能性がある事をご指摘頂いたメッセージでした。
 例えば、会社で隣の席に座っている同僚とのコミュニケーションをメールで行ってみたり、自宅で一日中自分の部屋に閉じこもっていて、家族と接するのは母親が部屋に食事を持ってきてくれる時のみ、といったエピソードを良く耳にします。自分の価値観、視点でのみ生活することも不可能ではない社会環境の中で、そのことにさえ気づくことなく生活している時間がほとんど、という生活が実際に起きているということです。特に、学生~若い社会人層では、自らの成長に大きく影響がでる可能性もあるでしょう。ますます、家族・知人・社会とのコミュニケーションが苦手になり、他人のメッセージを受け入れることができなくなり、自分自身の視点・視野が社会と乖離してくるケースもありうるでしょう。
 生活環境、ビジネス環境が進化し、日々の生活が益々便利になり、努力・苦労する経験をすることが少なくなるにつれて、ストレス耐性も低下している影響もあるかも知れません。Web社会において、人と人、人と社会、人とビジネスの「つながり」は非常に進化しました。その進化を支えたのは、人と人との会話→電話→Webから、今ではSNSといったツールの進化でした。ツールが進化し、世界がフラット化し、狭くなって、瞬時に世界と繋がることができるようになりした。その一方で、facebook のようにいつも知り合いと近くにいる感覚でいながら、実際にはほとんど会っていない、といった状況も経験します。
生活環境の進化と、益々便利になるツールについて考えてみると、自分らしさを維持するためにも実社会とのつながりを意識的に維持することの重要さが問われています。実社会を「自分のリソースになかった視点・視野から触れる」ことにより、自分の成長を実感してみませんか?

【引用】
*1 11月23日日経朝刊より
*2 碁打ち藤沢秀行という男

ラベルは貼ったままにせずに、定期的に更新しよう

 週末、利根川流域にホルマリン(ホルムアルデヒド: HCHO)が混入するという事件が発生し、一時流域の地域に断水・出水制限が引かれました。
ホルムアルデヒド:「一体何が起きたのか」 利根川支流が汚染源?
===QTE===
利根川水系の浄水場で有害物質のホルムアルデヒドが検出された問題。19日、関東3県で取水停止措置が相次ぎ、千葉県では断水になる地域も出るなど生活への影響が広がった。原因となる化学物質を扱う事業所が群馬県の利根川支流にあることも判明したが、これだけ広範囲で検出されるのは珍しく、関係自治体は汚染源の特定を急いでいる。
===UNQTE===
 ホルムアルデヒドは、「シックハウス症候群」の原因物質としても知られるように、生体に反応する有害物質として知られています(参考1)。今回のコンタミ事件では、ホルムアルデヒドは気化してゆくので新たに流出しない限り影響は少ないと考えられるでしょう。
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 さて、行動科学の目を通して人と社会と関わっている筆者として、ここで取り上げてみたいのは人々の行動・反応についてです。
 被害地域でも、利根川支流を水源とする上水道を利用している地域は影響を受けていました。一部に、地下水を水源として利用していた地域は影響を受けていない、といったバラツキはありましたが、メディアや地域放送により事件を知った市民は、自宅の浴槽に水を貯めるといった対策を取り始めました。
 日本人は農耕民族で、日本人のDNAにはリスクマネジメントという概念が乏しいとよく言われます。農耕民族は土地を捨てて逃げることができないため、来る災害に対しては「我慢する」というrisk mitigation plan(参考2)を採択します。この「我慢する」DNAを維持しているため、日本人はアングロサクソン民族に比べて、例えば痛みやストレスに対してもとても我慢強い/耐性を示す/閾値が高いという傾向を示します。
 スーパーの店頭からも、水のペットボトルが姿を消しました。
 ちょっと考えてみると、ペットボトルの水は何の目的で使用するのでしょう。飲むため、水分補給のためですよね。ペットボトルの水で、歯を磨いたり、顔を洗ったりする人はまずおられないと思います(弱アルカリの軟水や活性水素水/電解還元水を用いた洗顔をお薦めの方ゴメンナサイ)。
 では、皆さんは普段の生活で水分補給に「水」をどの程度摂取していますか?健康のため毎日2Lペットボトル1本分の水を摂取しておられる、という方もいらっしゃるとは思いますが、多くの方は必ずしも水でなくても良くて、お茶類でも代用可能なのではないでしょうか。
 スーパーには、お茶のペットボトルは沢山残っていたのにも関わらず、水のボトルが選択的に底をついたのは、「水がなくなる」という言葉に反応して「水」を確保する行動に走った結果と考えられます。
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 我々は、しばしば「言葉」に反応してしまい、今回のように「内容」を忘れがちです。
 同じように、普段も「あの人は○○な人」などと属性のラベルを貼って対応しています。「ラベルを貼る」は、決して悪い行為ではなく、普段の生活の効率化に役立っています。友人に何かを頼みたいと思った時に、「一人一人ゼロベースで評価し直して、誰に頼むかを決める」というプロセスを踏む人はまずおられないでしょう。その反面、ラベルを貼った一面しか見ていなくて、その人の知らない側面や強みを見落としがちになるといったことを経験します。効率化だけではなく、時にゼロ―ベースで考えてみて「ラベルを更新する」作業を忘れないようにしたいものだと、考えさせられました。
 このような習慣を身につけて行くに従って、今回のように「表面的な意味」に反応することなく「本質的な意味」をちょっと考えてみるといった行動がとれるようにもなるのではないかと考えさせられました。ちょっと「本質的な意味」を考えてみるのにかかる時間はほんの数秒かと思います。しかし、ここに目が向くかどうか、こういった習慣をもっているかどうかで世の中の風景も違ってみえるのではないでしょうか。
 「習慣は第二の天性」「第二の才能」とも言われます。このような名言(?)が生きている、認識されているということは、それだけ「習慣を身につける」ことの価値が高いこと、また言葉は知っているもののなかなか実行できないことの裏返しではないかと思います。
 皆さんは、行動を習慣化するためにどのような工夫をされていますか?


(参考1)
HCHOは、生体のアミノ基(-NH3+)と反応し、シッフ塩基を形成します。アルデヒドターゲットのアミノ基は、たんぱく質のN末や塩基性アミノ酸に存在しています。結果、生体内たんぱく質の変性が起こるということになります。

(参考2)
リスクマネジメントに次の2つの概念が存在します:
 Risk aversion 危険回避: 「リスクを避けて通る」発想を指します。
 Risk mitigation 危険緩和/軽減: 「リスクを最小化する」発想を指します。





コーチも、個人個人のキャリアに合わせた人材力育成をサポートしてゆく時代?

 最近、企業の方とお話しさせて頂いているなかで、「どんなコンサルタントが、とてもよかったと感じられましたか」と伺ってみました。
 その方の仰るには、「同じ業界で、新しいことを始めたトップリーダー企業から離れられた方で、そのノウハウを伝授して頂けるコンサルタント」ということでした。こちらとしては、「それではその企業のマネしかできないじゃないですか?業界トップには絶対になれないじゃないですか?!」と絶句してしまいました。
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 かつての高度成長時代に、日本企業は「追い付け、追い越せ」と欧米の背中を見ながら追いかけていました。言い換えると、欧米企業がやってきた事・欧米企業の引いた路を行くという明確な目標があった状況でした。イノベーティブなアプローチはごく一部であって、既にひかれた道を歩んでゆく、そして、そこに「カイゼン」を加えて新たな付加価値を生む、という戦略でした。
 今の日本企業の置かれた状況は、この高度成長時代とは異なります。自動車、クリーンエネルギー、製造ロボット、バイオなど多くの分野で世界のリーダーであり、殆どの業界では欧米の「背中」は横にしかありません。自分の責任で、「未知の」「見えない」大陸に向かって一歩を踏み出さないと、業界のリーダーにはなれない状況です。
 リスクを取って、イノベーションを創出してゆかないと、また新たな価値を創出してゆかないと、経済発展はおろかこれまでのGDP 500兆円レベルも維持できないでしょう。

 このような21.1世紀にあっても、多くの企業はリスクを取れずに、内向き・下向き・後向きの姿勢を取り続けています。まだまだ、経営陣や管理職に過去の成功体験を崩さない団塊の世代の方が多いといった構造的な問題もあるでしょう。成果主義、フラット組織を目指すと言いながら、現実にはピラミッド組織から抜け出せない、といった人材力の面からの事情もあるのではないでしょうか。
 そうは言うものの、目の前の現実として「私は、競合他社/ベンチマークしている企業の後しか追いません」と宣言されてしまうと、「こんなマインドセットで明日の日本の産業はどうなるのか?」と、無力感を感じてしまいます。このままで、良いのでしょうか?
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 これからは、TPPの締結も加速化されるでしょう。加速化しないようでは、「いよいよ日本も自力で経済再建する気はない」とみなされて、「¥」が売り浴びせられても仕方ないでしょう。そして、いよいよ極東の島国・国内市場だけではビジネスが成り立たなくなってくる時代が訪れます。否応なしに、グローバルな競争に曝される時代です。
 規制のかからない自由競争の業界では、グローバルで戦える体力をつけるためにM&Aが進み、企業も巨大化してゆくでしょう。その一方で、国内向けを中心にニッチな市場をターゲットとする中小企業が、より専門性・特殊性を磨きあげて生き残りを掛けた戦いに打ってでてゆくでしょう。
こういった構図が予想される中において、今日話題提供させて頂いた企業のポジションはどこになるのでしょうか。良くて合併吸収されるか、製品や資産に魅力が乏しければ、そのまま放置されるだけでしょう。

 では、こういった環境の変化の中で、個人はどのようにキャリアを考えれば良いでしょうか?
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 個人も、もう企業には頼れないでしょう。経営者も、企業の存続を図るための経営だけでははく、社員一人一人が世の中でサバイバルできる力を身につけてゆくような経営を心掛けなければ企業も株主から評価されなくなるでしょうし、日本全体が沈んでいくように思います。これからの企業は、いろんな面から社会貢献が求められることになるでしょう、その中でsustainability 等と並んで、人材力の向上に努めているか、人を育てているかどうかも企業価値の中で重要な要素となるでしょう。
 個人としては、自ら自己投資して、自分自身の能力・価値を高めてゆかないと良いポジションでは仕事できなくなってくるでしょう。企業の平均寿命も30年を切る時代です、終身雇用を目指しても、企業の方が先に無くなってしまう時代です。もう、企業は社員を守りたくても守れない、といった時代が目前に迫っているように思います。個人は自分の力で生き抜いてゆけるだけのprofessional 性を身につけて行かないと、稼げる人には生き残れないでしょう。
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 コーチは、このように一人一人が「 見えない大陸」に踏み出してゆく勇気と、将来イメージをクライアントさまと共に築き上げて、professional として戦ってゆけるために一つ一つゴールをクリアしてゆけるようにサポートしてゆきます。これからの、変化の激しい時代に、コーチは人材力向上を通じてあなたの成長をサポートします。
 コーチも企業の研修や人材育成に関わるよりも、個人個人のキャリアに合わせた人材力育成をサポートしてゆく。そんな時代が来るように思います。



まず「型」にはめてみよう

神社にときどきお参りに行きます。大安の日の午前中、可能な時に。
そこで、気が付くのは、誰もが「型に従って」行動していること。
一の鳥居で一礼して、二の鳥居でまた一礼して、手水舎で体を清めて参拝します。中には、参道の中央は神様がお通りになられると理解していて、ちゃんと両脇を選んで歩いておられる方も。作法が表示してある所も多いこともありますが、皆さん(表示を見ながら)二拝二拍手一拝 に従って参拝されていかれます。
(参考)
神社参拝の作法:鳥居のくぐり方~玉串拝礼

 このように、礼儀作法の型が明示してあると、それに従おうとするのは日本人の資質なのではないでしょうか。神社仏閣という環境が、そうさせるのかも知れませんが。

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 芸術・習い事の世界でも、型の重要性が語り継がれてきました。今をさかのぼること、16世紀の能を確立した世阿弥の「風姿花伝」にも、守・破・離の思想が初めて登場しています。守って型に着き、破って型へ出て、離れて型を生む。この思想は、日本的様式行為を作り上げ、禅にも、茶道にも、また武芸にも開花結実していきました。
「型より入りて型より出づる」という言い方でも良く耳にします。宮城道雄は、芸道は「型に入って型に出ることに尽きます」ということを頻りに言っていたそうです。茶道をイメージしてもらうと、見よう見まねで「型」を覚える所から始まり、「何故、このような手順・作法をとるのか」を考えて、「型」の意義を理解し、体得するレベルまで高めてその本質を理解していれば、同じ状況に対しても「型」とは別の形で同じ意味を表現することも可能でしょう。また、「型にない」想定外の状況が起こっても自然と対応できるようになると思います。

 なお、観阿弥・世阿弥の「風姿花伝」において、序破急は能構成をさしていました。「あのころ、能の序破急がいつしか守破離に発展した。そう、考えてまちがいはない」と松岡正剛氏の解説を見かけた事がありますが、言い得て妙と感じます。千葉周作の稽古とは何かを説いた書『剣法秘訣』では、「序破急の拍子を追うよりも、守破離の筋目を通すことが稽古に欠かせない」述べられています。序破急は拍子であって、守破離は筋目、と守破離の思想に鋭く切り込んだ的確な表現と感じます。剣の道ですので、「拍子も筋目もどちらも肝要だが、筋目を知って拍子を打てばもっといい」という千葉周作のメッセージが聴こえてくるようです。

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 芸術・稽古事の世界では、このように「守破離」を体得するのに、膨大な時間と労力を掛けます。俗に、一芸を身につける・プロフェッショナルになるのに1万時間の取り組みが必要と言われます。1万時間ということは、3時間/日 x 365日で約千時間ですから、毎日3時間の取り組み・稽古を10年間続けて体得できるレベル、ということになります。
ビジネスの世界でも、世の中の複雑度が高まるにつれて、体得するべき(?)マネジメントスキルやビジネススキルがどんどんと増えてきています。毎日多くの業務を抱える管理職にとって、マネジメントスキルに1万時間、ビジネススキルに1万時間と言われても、それをこなすことのできるビジネスマンはごく一部でしょう。
では、現代のビジネスマンが身につけるべきスキルはどのように考えればよいでしょうか?そして、どのようなプログラムを組めば、実際に身につけてゆくことができるでしょうか?
 そのヒントを神社の参拝に見たようにも思います。

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 参拝風景で、誰もが「型に従って」行動しているところを見ていると、やはり「型にはめる」ことは解り易い指標になると思います。現代の日本人は、学校教育で「受け身型」の学習スタイルになれているのも影響が大きいかもしれません、「マニュアル通りに動く」ことを受け入れる人も多いでしょうし、「マニュアルがないと/指示命令がないと何していいか分からない」という声もよく聞きます。その意味では、「守って型に着く」という意味も、観阿弥・世阿弥の時代は、「もっと自由奔放な人々を、まず型通り行動させる」位のニュアンスだったのかも知れません。現代のようには、「指示待ち」タイプは多くはなかったでしょう。

1) まず、関心をもたせる
参拝風景でも、まず「関心のある人々」が選択的に集まっている、事は「型」に従う行動がとれる前提条件になるでしょう。マネジメントスキルやビジネススキルを学ぶにも、まず関心があって、何を目指すために学ぶのか、「どのような自分になりたい」と思って学ぶのか、といった動機を本人が明確に持つ事が前提になると思います。

2) 型を特定して、明確化する
 時代の複雑化に伴って、学ぶ対象となるマネジメントスキルやビジネススキルは益々増加の一途をたどっています。実際に、管理職の方に「全部をマスターして下さい」と要求するのは、もはや不可能ではないかと思います。
 では、どの項目を抽出して、リストすれば良いでしょうか。実際のコーチングでこれらのスキルを扱っていても、一人一人の強み・弱みやその方の役割を考慮して、カスタマイズしたリストを作成する必要があるように思います。一人一人「どのような自分になりたいか」といった理想の姿をイメージし、そのためも必要なスキルをリストし、目標を設定して、実際に行動に出してスキルを獲得していってもらえるようにモチベーションを高めて行くプロセスをとります。
 一人一人の「将来の理想像」「現在の役割」とその方の強み・現在のスキル・リソースを考慮してリストを作ってゆく、ということです。同じリストを使って、誰に対しても一律に同じものを求める時代は過去のものと言えるでしょう。

3) 「型」の意味を理解する
 参拝風景を見ていても、誰もが「型」の意味を理解している訳ではないでしょう。それでも、「型に従う」ことはできます。そして、「型に従う」文化を作り上げることは可能でしょう。その文化の中で、「型」に興味をもち、その意味を理解してゆく人が出てくれば、好循環が生まれて行くのではないでしょうか。特に、現代は個人がWebに発信してゆくことのできる時代です。ローカルな文化の形成に、個人からの発信がもつ影響力が大きくなってきています。
 ビジネスにも、同じプロセスが活用できそうです。一人一人が、マネジメントスキルやビジネススキル習得に取り組んでゆく上で、「型」の意義に関心をもち、「型」の意味を理解していって、更に発信し、共有してゆく文化を作り上げて行く事ができると、更にポジティブ・フィードバックが掛りそうです。

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皆さんも、やることを指示されても、それだけでやる気が下がってしまうことを、これまでに経験されてきたと思います。膨大なマネジメントスキルやビジネススキルのリストを前にして、立ちすくんでしまった経験をお持ちの方もあるでしょう。
思い起こすと、ビジネススクールは、「スタートから全力疾走で飛び出し、2年間力の限り走り切る」という2年間でした。2年間限定だからこそできたようなもので、これが一生続くとなると、ちょっと考えてしまいます。と在学時には思っていましたが、卒業してみてもこのペースを外挿したような状況が続いているのが実際のビジネスの世界と実感しています。
そのような現実を前にして、一人一人が取り組んでゆくことをカスタマイズして、「型」から入り、関心を高めてもらい、「型」の意味に自分自身で取り組み、組織として考え・深めてゆく文化を作り上げて行くことができれば人材育成につながるのではないでしょうか。
まず、入りやすいように「型にはめてみる」というのは、良いきっかけ作りになるでしょう。
一人一人にカスタマイズした人材育成や、組織文化の育成は、ビジネスコーチングが必要な領域ではないかと思います。



コーチングとは?

皆さま、すっかりblog 更新に手がつかず、大変失礼致しました。
これも一重に私の怠慢によるものでございましたが、カウンターを拝見すると、こんなに手のついていなかったサイトに多くの方に訪問頂いたことに、感激しております。皆さまに感謝申し上げますと共に、皆さまの期待に少しでも応えられる内容を提供できるよう、性根を入れ替えて再開しようと思います。
改めて、宜しくお願い致します。

今回は、コーチングとは何かを考えてみたいと思います。
普段、皆さまに説明していても、やはりなかなか実感をもって理解して頂けることも少ないので、ここで一度書いてみたいと思います。

まず、NPO法人日本コーチ協会のHPに書かれている説明をみてみます。
NPO法人日本コーチ協会
===QTE===
プロフェッショナル・コーチングとは、コーチとしての専門的なトレーニングを受けたコーチとクライアントと呼ばれる個人(またはチーム)が目標を設定し、成果を達成していくためのパートナーシップです。
(中略)
コーチによるコーチングスキル、コーチングアプローチ、コーチング知識のサポートを得ることで、クライアントは自分の責任において意思決定、選択、そして行動を起こし、成果がもたらされます。プロのコーチはその関係を理解しています。
===UNQTE===
 クライアントが自分で考えて、「どんな自分になりたいか」意思決定して、ゴールを設定して、ゴールに向かって行動をする。コーチは、このクライアントをサポートする。という意味になるでしょう。クライアントが、自らの責任で(accountable という言葉がぴったりします)自分で決めて、行動することが明確に述べられています。コーチングでは、コーチがクライアントの代わりに「~をやって下さい」「~にしましょう」など一方的に指示することはありません。
 皆さんがこれまで経験してきた学校教育の場では、「先生が教壇に立って生徒に教える」という光景が普通だったのではないでしょうか。生徒は、先生の言ったことを「正解」として学ぶ、というTeaching が行われています。
 Coachingでは、クライアント本人が考え、判断し、行動します。コーチはteaching してくれませんが、クライアントをサポートします。私の感覚では、Facilitate (手助けする、促進する)という単語がしっくりきます。「クライアント本人が考え、判断し、行動してゆくことをfacilitateする」のが、coaching とも定義できるでしょう。

次に、ICF(国際コーチ連盟)のHPの説明をみてみましょう。
国際コーチ連盟
===QTE===
How is coaching distinct from other service professions?
Professional coaching is a distinct service which focuses on an individual's life as it relates to goal setting, outcome creation and personal change management.
===UNQTE===
日本コーチ協会(JCA)は、国際コーチ連盟(ICF)とも関わり合いが強く、ICFの説明をまず踏襲しています。

また、「神戸大学ビジネススクールで教えるコーチング・リーダーシップ」(伊藤守, 鈴木義幸, 金井壽宏 著;ダイヤモンド社、2010年)によると次のように定義されています。
===QTE===
対話を重ねることを通して、クライアント(コーチを受ける対象者)が目標達成に必要なスキル、知識、考え方を備え、行動することを支援し、成果を出させるプロセス
===UNQTE===
コーチとクライアントの「対話」を重要視していることが聴こえてきます。また、目標を達成するまでの「プロセス」がコーチングであることを改めて明確に述べており、結果より「プロセス」にこそ価値がある、という価値観が聴こえてきそうです。
実際に、コーチングでは目標を達成してゆく過程で、多くのことを気付き、学び、またクライアント自身の隠れていた力を再確認してゆきます。そうして、セッションを開始する時に決めた目標/ゴールを達成して頂くのですが、最初のゴール設定そのものが、何か新しい行動が習慣化されないと到達できないレベルに設定されているのが良いゴールです。即ち、目標を達成していくプロセスで、これまではできなかった「行動」を獲得する/習慣化してゆくという訳です。
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ここまで、コーチングの定義を3種類引用致しました。
Coaching は、Teachingとは異なりクライアント「自身」が自責に、当事者意識をもって取り組んでゆきLearning を促すものであることが読みとることができるでしょう。
 コーチが学びを促すものであるなら、別にコーチにサポートしてもらわなくても自分でやればいいじゃないか、という声が聞こえてきそうです。確かに、目指す目標のレベルが高くなければ、コーチのサポートがなくとも、自分自身だけで達成可能でしょう。たとえば、あなたの仕事の目標を現在の110%に設定します。その場合は、多くの人は働く時間を10%伸ばすとか、10%分の効率化を図るといった方法で新しい目標を達成しようとするでしょう。皆さん実際に、次に目指す過半数の目標は、このような効率化や優先順位の見直しで達成できるように設定しているのではないでしょうか。
 しかし、現在の150%とか、200%といったレベルを目標に設定すると、もはや効率化では対処できず、現在のやり方・進め方を抜本的に見直して、仕事への新しい取り組み方を取り入れる必要があるでしょう。こういったワンランク上の目標にチャレンジする場合、コーチングが機能します。言い換えると、コーチのサポートによって、仕事や人生での目標達成が加速化されたり、ワンランク質の高い目標達成を目指すことができるとも考えられるのではないでしょうか。

さて、ではどうしてコーチが必要なのでしょうか、改めて考えてみる事に致しましょう。

 少し古いデータになりますが、US Fortune500社の経営層の70%がコーチをつけ、自身のキャリア形成やビジネスに活かしています:「組織開発ハンドブック」(ピ-プルフォ-カス・コンサルティング著;東洋経済新報社、2005年)。
 また、一流スポーツ選手もメンタル・コーチがサポートしている例が多いですが、グレッグ・ノーマンとタイガー・ウッズの名コーチ ブッチ・ハーモン等がよく知られています:「ブッチ・ハーモンの勝者のゴルフ―タイガー・ウッズを育てた名伯楽」(ハーモン,ブッチ著、川野 美佳訳;小池書院、1998)
 このように、トップクラスの経営者・プレーヤーがパフォーマンスを発揮していくために、コーチングが機能致します。それだけ、高いレベルのパフォーマンスを継続して発揮することが求められている、とも言えるでしょうし、トップレベルを維持するには常にチャレンジし続ける必要がある、とも言えるでしょう。チャレンジもイノベーションも、まず現状や常識を否定するところから始まります。どの分野も、トップレベルともなると常識と常識の間にチャンスがある、といった生易しいものではなく、常識を否定し、その向こう側に新しい世界を創造していかないと進歩はないのでしょう。
 このようなチャレンジ、世界のトップクラスでなくとも、我々でも現状の200%にチャレンジしようというような時、新たに行動を変えようと言う時、自分一人で乗り越えられる成功確率はそう高くはなく、コーチのサポートが必要となってくるでしょう。

では、自分一人では乗り越えられない障壁とは何なのでしょうか?
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1)人は考え方や行動を変えない
元来、人も保守的でなかなか考え方も行動も変えないものです。
企業研修の教科書にも使われたスペンサ-・ジョンソンの「チーズはどこに消えた?」(スペンサ-・ジョンソン著, 扶桑社;2000)では、ある日倉庫からチーズが消えた異変(ねずみ達には)が起きた時に、毎日倉庫に通っては「かつては、チーズを腹一杯食べることのできた」と嘆くねずみ達の姿が描かれています。
同じ環境で、同じ行動を取っている限り、同じ成果しか望めません。自分が成長しようとする時、ワンランク上の成果を望む時、「環境を変える」か「行動を変える」かのいずれかを選択しなくてはならない状況が訪れます。
しかも、時代の変化も加速化された21世紀、ビジネス環境もライフ環境も絶えず変化していっている状況です。これまでの環境・常識がどんどん陳腐化されていきます。また、グローバル化の時代、常識が否定されるのは地球の裏側でも起こる場合も多く、この変化はインターネットにのって瞬時に世界に伝達されます。
例えば家電の世界では、液晶テレビの価格が恐ろしいまでのスピードで下落し、世界のトップシェアをVIZIOに奪われ、パナソニックは液晶テレビからの撤退を余儀なくされました。

 しかし、極東の島国でこれだけの変化をまだ実感できていない方も多いのではないかと思います。実際、企業で団塊の世代、そろそろ定年も視野に入ってきて「このまま定年まで無事に過ごしたい」と考えている管理職の方を見かけることもあるでしょう。「変わらない」という判断が、自分の人生のため、企業のため、社会のために正しい選択なのか、今一度時代の変化をみて再考する必要があると思います。
 これからは、自らの価値観や考え方に影響を与えるほどの変化が要求される場合もあるのではないでしょうか。今の21.1世紀、行動を変えてゆくこと、自分の視点を変えてゆく事に、上司やコーチが重要な役割を果たす時代になってきていると感じます。人間、まだ経験したことのない未来に向けて一歩を踏み出してゆく場合、未来が過去の延長上にあることはまずないでしょう。即ち、過去の経験値も踏まえて、ゼロベースで考えて、過去にはない新しい行動で対処する必要が出てきます。行動を変えてゆくためには、外部の方のサポートが必要です。

2) 人は自分の見たいようにしか見ていない
「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」といったのはユリウス・カエサルですが、人は世の中の現象を自分の考え方、価値観といった認識のバイアスを掛けて捉えています。我々の記憶にあるのは、すべて自分のバイアスのかかった眼鏡を通してみたこの世の姿です。
心理学でも、「自己の主張にとって都合の良い事例のみを挙げて、都合の悪い事例は無視する」「観測結果の選り好み」のことを、「確証バイアス」と呼んでいます。

ここに、自分にはない新たな視点を得ると、これまでにないことを新たに感じ、気付き、そして学びを得ることにつながります。この「自分にはない新たな視点」は、通常は自分以外の人のフィードバックによる場合が多いと思います。コーチは、クライアントの目標という目的をもって「新たな視点」から問い掛けることにより、効率良くクライアントの新たな気付き、学びにつなげてゆきます。即ち、「クライアント本人に新たな視点を提供し、新たな気付き、学び、行動につなげる」のが、coaching とも定義できるでしょう。
言葉や文章は、物事や概念をある側面から見た姿を述べることしかできません。このように定義が幾通りも考えられるのは、この場合は「コーチング」という概念を幾つかの側面から、それぞれの特徴から眺めているためです。

3) 自分自身と向かい合う難しさ
 心理学でも、自分の無意識の領域と、意識の領域は、無意識の領域の方が広大です。余り定量的ではありませんが、感覚的にはそれぞれ95%:5% 程度に考えられています。
 我々の知識、スキル、強みなどの多くは無意識の領域に隠れていて、何かきっかけがないと直ぐに取り出せる状況にはありません。皆さんが、今現在使っている知識やスキルは、現在の価値観・考え方・物の見方といった眼鏡を通して、抽出してきているから「意識」の上に登っています。言い換えると、皆さんは今使っていない/使えていないリソースを沢山持っているのです。更に、気分が滅入っていたり、恐怖を感じている時、緊張している状況などでは、普段の力も出せないと言った経験がおありのように、益々もっているリソースを使えていないですよね。
 このような無意識領域にある自分のリソースに気付き、引き出してゆくのは、自分一人ではなかなか困難なものです。コーチは、クライアントに新たな視点から見てもらうことに加えて、自分自身に真摯に向かい合って頂くことにより、無意識領域に潜むリソースに気付いてもらい、知識、スキル、強みを引き出して活用してゆきます。
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コーチは、いつも相手に興味を持って接しています、また心から相手の役に立ちたいと思っています。誰にでも興味を持つのですか?と質問が来るかも知れません。一見、相性の悪そうな方でも、人間どこか愛すべき所があるものです。「こんな素敵な人なんだ」「ここ、是非学びたいな~」「こんなこと、私できないよな~」という強みをお持ちです。
相手とのコミュニケーションから、何が見えてくるか、何が聴こえてくるのかといったことにアンテナを立てながら、「どんな素晴らしい資質をお持ちか」「どんな強みをお持ちか」「何を学ばせてもらえるか」興味をもちながらコミュニケーションしています。

私などは日々煩悩にどっぷりと浸っていますが、マザー・テレサの言葉のように少しでも社会に貢献してゆきたいものです。

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。


名選手必ずしも名監督ならず

良く耳にするフレーズであり、いつになっても、何度でも繰り返し目にしている光景です。

プロの超一流プレーヤーは、どこかにずば抜けた強みをもっています。
強みはなかなか自分では認識できていない場合が多く、周囲の同僚に「○○さん、すごいですねー」と言われても、本人は「そーですか?当たり前の事をやっているだけですよ」としか思っていません。
本当の強みは、本人が「強み」「長所」と認識している点ではなく、「当たり前」と思っているところにあるものです。

私も、かつて大学生時代フルートのレッスンにお師匠さんのご自宅に通っていました。当時彼は、現役のプロオケの首席奏者でしたが、「そこは、こんな風に吹いて」と教えて(?)くれます。一方、才能を備えていない私は、「先生、そういう風に演奏するには、どうしたらいいのでしょうか?」と尋ね返すのですが、お師匠さん曰く「こんな風に吹くんだよ」。。。
当時の私は、お師匠さんの暗黙知を言語化する作業に追われていました。

スポーツシーンでも、一流選手がコーチ(テクニカル・コーチという意味になります)になると、自分のできる技術を選手に要求してしまい、選手の実力が追い付かないということが起こりがちです。
要求している側には、「「当たり前」の事を言っているだけで、プロ選手なら誰でもできる」という思い込みがあるからです。

また、ビジネスシーンでも、営業成績ダントツの営業マンが管理職に抜擢されて、上手く機能しないなどといった場面が起こりがちです。
第一戦の営業マンで発揮していたスキルは、顧客のニーズを見出し、引き出し、商品に興味を持ってもらい、売上を上げることでした。しかし、管理職に必要なスキルは、部下が売上を上げるようマネジメントすることです。部下のモチベーションを上げ、部下に長所を発揮させ、一人一人異なる本人に合ったスタイルで結果につなげることです。自分が売るのではなく、部下に売ってもらうことです。立場・役割が変わると、要求されるスキルが変わります。
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コーチングは、人を役割とマッチングさせるためのプロセスである、という言い方もできるでしょう。
これも、コーチングの目的の一つです。

「名選手必ずしも名監督ならず」とは逆に、
たとえば選手時代には平凡なプレーヤーや控え選手であっても、コーチになってその才能を発揮する人もいます。
同じように、管理職になって初めて能力を発揮する人もいるといるでしょう。

即ち、これまでの「プレーヤー」という役割では発揮されなかった能力が、新しい役割を担うことで表出されてきた・開発されてきたということが起こります。

コーチングでは、クライアントの方が新しい役割を担うに当たって、
その役割では何が期待されているのか、どのようなスキルが必要とされているのかを、明確化し、文章化してゆきます。
また、クライアントの方の持っているスキルの現状の棚卸しを行うことで、新しい役割に必要なスキルを自覚してもらい、速やかに身につけていけるようモチベーションを高めてゆきます。

スキルの現状を棚卸してゆくと、「今」認識しているスキル以外にも、かつて発揮していたものの現在は使っていないスキル・リソースが沢山あることに気付かされます。新しく身につける必要のあるスキルはどちらかというと少なく、かつて発揮していたスキルを現在の環境に合わせて開発してゆく事になるケースをしばしば経験します。

コーチングでは、役割にマッチさせてゆく過程で、
これまで使われてこなかった、隠れた才能や能力に焦点を当てて、表舞台に引き出してくる、
場面が多いようです。

あなたの隠れた才能や能力って、一体どんなものなのがあるのでしょうか?


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プロフィール

scaramouche

Author:scaramouche
I am an Executive coach, Consultant and Negotiator working in Tokyo, Japan. In charge with develop people, leadership management and motivation management, supporting president level, executive level and organization level.
Concurrently a visiting lecturer/researcher in Ohmae Kenichi School of Business.

After earning MD and PhD in medicine, I experienced medical practice as an anesthesiologist and ICU expert followed by scientific research work of molecular biology and molecular genetics. Following academic experiences, I joined to a global pharmaceutical company, and experienced Drug Discovery projects, Biomarker works in global Biomarker group, and Drug Development projects in the global context of drug development. Through my medical and business career, I have shown leadership involving internal and external stakeholders to create the value of projects.

Specialties: MBA (Business strategy, Marketing, and People Development), GLLC Certified Coach, JCA Certified Medical Coach, ABNLP Certified NLP practitioner, JNLPA Certified NLP practitioner, JSNS Certified Negotiation analyst, MD.Sc, PhD (Medical), Faculty Fellow of Pharmaceutical Medicine, Certification by the Training course of Biomedical Ethics and Law (Tokyo University).

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