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2020-04

Student Apathy(無気力症候群)

クリスマスの一日、皆さまはどのようにお過ごしになられましたでしょうか?
 クリスマスイブの街も華やかでしたが、イルミネーションも一時に比べて少なくなり、人出もやや少なく落ち着いた様子に変わってきたように感じます。
 今年は、クリスマス前には春のようなポカポカ陽気で、ケーキ屋さんは大変だったようです。この季節、例年ですと用意したクリスマスケーキを部屋の中において自然の寒さに任せて保管しているそうですが、今年の気温ではそうはいかず、かといって冷蔵庫に入る訳でもなく、急遽保冷車の手配に大わらわといったお店もあったようです。

 さて、今回は、スチューデント・アパシー/無気力症候群をテーマに取り上げてみたいと思います。一般には「甘え」と誤解されることも多いのですが、叱咤激励するだけでは脱出できない所が単に「甘え」で解決できないところがあります。
 その本質は、「目標を失った」「自分が何をやりたいのか解らなくなった」といった自立できていない自尊心の低さにあります。薬物療法には有効なものはなく、カウンセリング・コーチングによる対応が必要になってきます。
 スチューデント・アパシーを「大辞泉」で引いてみると、「学生無気力症。学生が勉学などに関して無気力になり、非生産的な生活をすること。→五月病 (ごがつびょう) 」と書かれているように、若い男性・学生に多い疾患概念でした。本人が困っていることが少ないので、「病気」と呼んでよいかどうかは問題ですが。最近、学生だけではなく、社会にでてからも「自分がやりたいことがない」「仕事にやりがいや価値を感じられない」社会人に増えてきているように感じており、ここで話題に挙げてみることにしてみました。

# Student apathyとは?
 学業・就職への意欲や活動性を失って、持続的に無気力・無関心・無感情の心理状態に陥る大学生の『スチューデント・アパシー(アパシー・シンドローム)』の問題を初めて概念化したのはハーバード大学の臨床心理学者P.A.ウォルターズでした。我が国だけではなかったのですね。我が国では、1960年代、笠原 嘉先生が大学の長期留年者の中に特有の無気力状態を呈する青年が数多くいることに気付き解析され、「退却神経症―無気力・無関心・無快楽の克服」 (講談社現代新書)としてまとめられた「退却神経症」の概念とほぼ重なります。
 また、「無気力症候群」という用語も存在します。無気力症候群とは、「特定のことに対しての無気力・無関心などが続いている」状態で、無気力の対象は学生ならば学業、社会人ならば仕事といった「本業」になります。つまり、スチューデント・アパシーよりも少し拡大・一般化した概念です。その原因、病態が雑多なものを包含しているので、確かに「症候群」としてまとめるのが適切と思われます。
スチューデント・アパシー、無気力症候群の特徴には、次のような点が挙げられます。
・ 症状が無気力・無関心・無感動に限定
・ 本人は困っていない/病識がない
・ 特定の対象に対して無気力
・ 主体性がない、人格形成が未熟

 「症状が無気力・無関心・無感動に限定」:例えばうつ病であったら睡眠障害、食欲低下、意欲低下といった症状を伴いますが、スチューデント・アパシーでは夜も眠れる、問題なく食事はできますし、「学業」以外遊びに行ったり日常生活上での意欲低下は認められません。
 「本人は困っていない/病識がない」:このスチューデント・アパシー/無気力症候群の特徴です。本人が悩み、苦しんだり、焦ったりするとことがありません。
 「特定の対象に対して無気力」:上記のように、「学業」以外遊びに行ったり日常生活上での無気力は認められません。
 「主体性がない、人格形成が未熟」:これまで、親・先生が喜ぶから、言われたからやっている、だけで自主的に興味をもつことなく取組んできており、「自分で考えて行動しなさい」と言われて、何をすればよいか解らない状態です。勉強を単なるハイスコアを競うだけのゲームとして捉えてきた面もあるでしょう。

# 単なる「甘え」、うつ病とは異なる
 小さい時から、「勉強にやる気がなくて、遊んでばかりいる」のでしたら、確かに「甘え」でしょう。しかし、スチューデント・アパシー/無気力症候群ではむしろ、発症する前は「良い子」で、親や先生に言われた通りに勉強をするというケースが多いのです。多くの場合、大人からの評判も良く、それまでの成績も優秀です。そういう子がスチューデント・アパシーに陥りやすい傾向があります。
 また、「うつ病と異なる」というのは、前のパラグラフで述べたように、うつ病であったら睡眠障害、食欲低下、意欲低下といった症状を伴いますが、スチューデント・アパシーでは勉強に対して意欲が湧かない以外の点は問題を認めません。
 実際に、うつ病は「気分障害圏」に分類されますが、無気力症候群(退却神経症)は、「神経症圏」に分類されることが多いようです。

# どんな人がなりやすいでしょうか?
 スチューデント・アパシー/無気力症候群になりやすい人の特徴として、まず「勝ち負けに敏感」という点が指摘できるでしょう。自己の価値を勝敗や成績の優劣で評価する人は、良い結果を出しているうちは表面的な問題がマスクされています。しかし、他者と比べて自分が劣っているという結果に直面した時に、自分のアイデンティティが崩れてしまいます。自分の長所と思っている所でも他人より劣っているといった場合に、崩れていく結果に陥りやすいと思います。「敗ける」ことが受け入れられないなら、始めから棄権して、避けて通ろうとする発想です。
 次に、「完璧主義」も特徴的でしょう。失敗した時にアイデンティティが保てなくなるのは、上記と同じです。「失敗した場合にも、自分の価値は揺らがない」と思える人がレジリエントです。
 3番目に、「良い子」に多くみられるのは、前のパラグラフに述べた通りで、大人からの評判も良く、それまでの成績も優秀な子が多く発症する傾向にあります。

# その背景を考える
 上記の特徴でも述べたように、「良い子」を演じていて、自分のために頑張ったのではなく、親・先生の期待に応えるために頑張ってきた子に見られる傾向があります。自分で将来を考えたり、目標を定めたり、自分で考えて行動するのが苦手な傾向があります。
 高度成長期以前の社会でしたら、兄弟が何人もいて、下の子の世話は兄姉がやらないといけない状況があったり、学業も早々に切り上げて世間で働かないといけない、といった早期に自立を促す状況でした。今では、核家族化に伴い親も子供に手を掛け、また社会も豊かになった分何でも与えられる状況に変化しました。昔の子供は、原っぱに土管一つあれば自分達でどうやって遊ぶか工夫して生みだしていましたが、今の子供はゲームなど魅力的な出来合いのおもちゃが溢れ、自分で工夫する余地などありません。
 ですからこそ、レゴ等の種類のおもちゃが独自の存在価値を保っています。
 塾、学習塾、予備校に行っても、自分で考えだす暇はなく、さっさと先生の工夫を凝らした(?)教材が与えられ、それを暗記するだけといった状況に陥ります。
 こういった「自分で考えなくても良い」、社会にモノと情報の溢れる状況が加速されてきているのです。

 さて、こういったスチューデント・アパシー、五月病の学生はこれまでも一定の割合で認められました。受験勉強を終えて、これまで受験に合格する事が目標・ゴールだった学生が、改めて自分の目標、やりたいことをリセットするのですが、この状況についていけない学生が一定割合出ていました。高校時代は、自分のやりたいことをおぼろげにしか考えていなくて、入学後に改めて考えないといけない状況に向き合います。それでも昔は、哲学・宗教・文学などを論じ合える環境がまだありましたが、現代の学生気質にそんなものはありません。また、レジャーランド化した日本の大学では、遊んで・バイトに時間を費やして、社会に向き合うのを就職活動まで先延ばしにできる環境が整っています。大体、大学入学者枠の総合計の方が受験生の数が多いので、経営を考える大学はどんな学生でも来てもらって卒業させないといけない使命があります。卒業率が低いと、また文部省の監査で問題になります。

 元来日本は、農耕民族で村社会を形成してきました。村の中に溶け込むということは、「他人の価値観」で生きることにほかなりません。それでも、大家族の中で自立していかないと誰も助けてくれなかったり、口減らしに丁稚奉公に出されたり、中卒で就職したり、と早期に自立を促される環境にあってバランスが取れていたのかも知れません。

# ストレス社会のインパクト
  また、核家族化、少子化のため、コミュニケーション能力を鍛える機会が少なくなってきました。コミュニケーション能力が未熟なために、集団の中に入ってゆけず、人間関係もスムーズにゆかずに、ストレスを被るケースが増えてきているように思います。
 つまりは、本人側の自立できてない自尊心の低めの傾向に加えて、社会環境側としてストレスが高まった結果、「合わせて一本」(今度のルール改訂でなくなるようですが)みたいに症状が出てしまいます。

 何故、社会人に無気力症候群が増えてきたのか、と改めて考えてみますと、変化が加速化されこれまであった仕事が無くなってゆき、新しい仕事・過去に経験のない未知の状況に遭遇する機会が増えてきた為ではないかと思います。これまでは、やることを上司が指示してきて、それをこなしてさえいれば働いていることになり、会社もお給料を払ってくれていました。現代は、過去に経験のない仕事にチャレンジせざるを得ない状況が増えてきています。上司も経験がないので、指示をだすといっても「自分で考えろ」という事になってしまいます。従来の発想では「規格外」といえる場面や、業務が変化してゆく場面に直面して、自律的に行動できない、「自分が関心をもって仕事に取組めていない」ことを実感するケースが増えているように思います。
 同じ業務を10年経験してきた場合でも、つねに振りかえり、改善を重ねてきた人と、漫然と取組んできた人では、スキルもポテンシャルも異次元のものになってしまいます。「1万時間」の法則といっても、1万時間取組めば誰でも一流プロになれる訳でもありません。毎回振返り、改善を重ねられるのか、その仕事や取組んでいる事が好きなのか、それとも他人や世間に褒めてもらいたいからやっているだけなのか、取組み方が問われています。

今回のテーマは如何だったでしょうか?
皆さまの会社の経営、人材育成のヒントになれば幸いです。
今回も、最後まで目を通して頂き、感謝・感謝です。
なお、最後に参考までに 笠原嘉先生の提唱しておられる「アパシー・シンドロームの特徴」(1984年版)を引用しておきます。ご興味あられる方は、参考にされて下さい。

本年も1年間、みなさまには大変お世話になり、心より感謝申し上げます。
みなさまにとって、2017年が素晴らしい年になりますよう、祈念申し上げます。

【参考】
アパシー・シンドロームの特徴(笠原嘉,1984)

1.無気力・無関心・無感動があり、生き甲斐・目標・進路の喪失が自覚するだけである。神経症(精神障害)のように、不安・焦燥・抑うつ・苦悶・自責など自我異質的な体験を持たず、自発的な相談の来談動機に欠ける。

2.客観的行動は世界からの『退却・逃避』と表現される。苦痛な体験を内側に症状として形成することが殆どなく、もっぱら外に向けて行動化する。無気力・退却・裏切りといった陰性の行動化。

3.予期される敗北と屈辱からの回避として、本業(学業)からの退却が中心。

4.病前はむしろ適応が良すぎるほどの人である。しかし広い意味で強迫パーソナリティ(黒と白の二分法の完全主義・攻撃性と精力性の欠如が共通)

5.治療は成熟を促すための精神療法となるが、アイデンティティ形成の困難、心理社会的モラトリアムの不可欠さを十分理解する必要がある。(治療へのモチベーションがないことが最大の問題点)

6.症状と経過から少なくとも二類型を考えることができる。
(1)退却が軽度かつ短期で、ほとんど自力で回復してくるタイプ。
(2)ボーダーライン群と称するもので、一過的に対人恐怖、軽うつ、軽躁、混迷状態、関係被害妄想を呈する。(統合失調症への移行例はない)

7.いわゆる登校拒否症(現在の不登校)の中に、この病態の若年型を見出し得る。鑑別を必要とする類型としてはうつ状態と分裂気質(統合失調質)とがある。典型例においては鑑別は容易であるが、時に困難なケースで出会う。




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肉体的な疲労 vs 精神的な疲労

 皆さま、いつも本ブログをご訪問頂き、誠に有難うございます。
 いつの間にか、街はクリスマス・イルミネーション一色に染まりつつあります。Halloween が終わった夜 (10月最後の夜) には、商戦ではHappy Halloween の看板をMerry X’mas の看板に掛けかえる姿が見られました。それだけ景気が悪い、庶民の財布のひもは固い、ということなのでしょう。何かイヴェントを企画しないと踊ってはくれない、ということでしょうか。
 我が国の暦には、二十四節気や七十二候という季節の変化を細やかに味わう文化があります。今の頃だと、11月7日~21日は立冬に当たります。確かに先週には木枯らし一号が吹きました。異常気象の中でも、どこかに二十四節気に従った季節の移ろいが顔を出してくれるところが不思議です。24節気では、一節は360÷24=15(日)です、この約15日に更に細かく3つのmilestone を置いたのが72候です。立冬の中には、山茶始開(つばきはじめてひらく)、地始凍(ちはじめでこおる)、金盞香(きんせんかさく)と3つの候が設定されています。山茶花(さざんか)、金盞花(きんせんか)と花々の表情を五感に感じるところに、美しくもあり自然に対する畏怖の念を感じられます。
 そこが、Halloween から二ヶ月ぶっ飛んでX’masというのでは、ちょっと暦に表情が無さすぎるというか、不透明ペンキで暴力的に塗りつぶされたような理不尽さを感じてしまいます。文化の否定であり、人々を感情鈍麻に陥れてしまう、罪深い行為にも見えてしまいます。改めて我が国の歴史を振り返ると、究極のリサイクル都市江戸に代表される、欲望に惑わされない(性欲さえおおらかに受け入れていた)貧しくも美しい文化が続いていたことに誇りさえ感じます。

 枕がやたらと長くなってしまいましたが、先週のblog では「疲労について」というテーマで、疲労について概観させて頂きました。最後に、「肉体的な疲れ」と「精神的な疲れ」を整理整頓する機会をつくりたい、と書きましたが、今回はこのテーマを扱ってみたいと思います。

 「疲労とは、身体からの何らかのサイン」と言われます。
 前回にもご紹介しましたように、人口の約8割の人が疲労を感じており、更にその約半数が、寝てもとれない「真の疲労」を感じています。政府統計(平成9年労働者健康状況調査)でも、全世代合わせて72%の日本人が疲労を感じている、という同様の結果が得られていました。グラフにお示しするように、就労時間の長い人、通勤時間の長い人、睡眠時間の短い人の方が疲労を感じているという常識的な結果です。
疲労統計

 その原因には、① 食事・運動・睡眠など生活習慣の誤り、② 病気など身体の異常、③精神的ストレスや心理的不安、といったものが考えられます。ここでは、3つに分類した訳ですが、その中には何百種類もの要素がありますので、自分自身の疲労の原因を特定することを困難にしています。
 甲状腺機能低下症もやはり疲労を呈する疾患ですが、アメリカ甲状腺学会(ATA)によると、甲状腺疾患の有症率は全米の12%と考えられるものの、 およそ60%が甲状腺疾患に気づいていない、と発表しています。自分自身の異常を自覚するというのは、なかなか難しいものと思います。正常かそうでないのかも自覚できないので、更に自分自身の状態を総合的に理解し、把握するのは困難至極でしょう。周囲からのフィードバック・意見を受入れられるかどうかも、自分自身を理解するためにはとても重要です。
 上のように、原因として「生活習慣の乱れ、疾患、精神的ストレス」を挙げることのできる「疲労」に対して、3大回復方法は「睡眠、栄養、運動」と言われております。正しい原因を知らなければ有効な対応に繋がらないでしょう。甲状腺機能の異常があるところに、「睡眠、栄養、運動」を整えても、状況は改善しないのは容易に想像がつきます。

# 肉体的な疲れ
 運動すれば、誰でも多かれ少なかれ「疲労」します。その原因が、横紋筋/随意筋における「乳酸」の蓄積であり、蓄積によって引き起こされる「アシドーシス」であることは皆さんよく御存じと思います。
 解糖系は、無酸素状態で回転しATP産生の主役です。解糖系でブドウ糖を加水分解し、できた最終産物が乳酸になります。有酸素状態では、乳酸の一つ手前の代謝物アセチルCoAが、ミトコンドリアに移り、エネルギー+CO2+H2Oまで完全分解されます。短距離走などの急激な運動の場合は、血流が追いつかず、無酸素状態で解糖系をフル稼働させてエネルギーを得ている訳です。
 乳酸が蓄積することによる疲労は、血流を介して乳酸が洗い流されて、酸性に傾いていたpH が元に戻り解消致します。血液循環や筋肉のマッサージが、疲労回復に有効という訳です。身体の柔軟性が乏しく、動きにくい筋肉があると凝りやすく、疲労も回復しにくいでしょう。

 もう一つ、うつ病の場合に身体症状が出てきます。上記の筋肉の物理的な疲れの他に、「精神的な疲れ」により身体症状 =「肉体的な疲れ」が引き起こされると考えられるでしょう。結構複雑な関係ですが、疲れ/疲労を「エネルギーレベルの下がった状態」と定義されているので、これらの「エネルギーレベルの下がった状態」によって起こる症状も、「肉体的な疲労」に含めて考えるのが良いかと思います。
 では、なぜ「精神的な疲労」が「肉体的な疲労」を引き起こすのでしょうか?筋肉に乳酸が蓄積するのではなさそうです。詳しくは、後から述べますが、ストレスにより引き起こされた「交感神経緊張状態」によって、急性期には身体症状が引き起こされています。また、「交感神経緊張状態」が慢性化すると、この交感神経や副腎が疲弊した状況に陥り、これらの症状が不可逆的に継続する状況に陥るという訳です。後程、ご紹介したいと思います。
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# 精神的な疲労
 基本的には、ストレスが精神的疲労を生むと考えてよいでしょう。
丁寧な言い方になると、ストレッサ―(外部からの刺激)に対して、生体がストレス反応を起こして、ストレス反応の積み重ねにより精神的疲労を生む、ということになります。
 この直前2回のblog でも扱ったように、DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)も精神的疲労に寄与している、という言い方もできると思います。DMNによるノイズに反応していると、集中できず、疲れが溜る結果に繋がるのです。DMNによるノイズが高まった状態では、精神的疲労を生む原因の一つに加えてもよいかと思いますが、デフォルトレベルのDMNノイズが存在して、かつデフォルトレベルのストレスがある状態が「精神的疲労」ゼロのレベルと考えるべきなのでしょう。上の「ストレッサ―」の定義に従うと、DMNに自己反応するのは「内部刺激」ですので、従来のストレスとは異質であることが理解できます。
 ですから、「精神的疲労」がゼロより高まる原因は、ストレスであり、一部にDMNに反応した状態(自分で生みだしたストレッサ―)と考えられるでしょう。また、DMNノイズに反応しない「落ち着いた状態」を作れると、「疲労」に対する抵抗力が高まった状況ということができると思います。

# ストレス反応/交感神経活性化による急性期の疲労
 労働衛生の分野では、「超」がつくほど有名なNIOSH 職業性ストレスモデル(Hurrell & McLaney, 1988)で見てみましょう。NIOSH (National Institute of Occupational Safety and Health)とは、国立労働安全衛生研究所で米国保健社会福祉省(Department of Health and Human Services: DHHS)管轄下の疾病対策予防センターの組織の1つです。
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 「職場のストレス要因」「仕事以外のストレス要因」とあるのが、外部からのストレッサ―です。同じストレスを受けても、その人の「個人的要因」によって応答反応が異なります。例えば、ストレスに反応しやすいタイプとしては、何事にも生真面目に対応する(かつて)タイプAと呼ばれた「性格」や、自分の興味のない領域には苦手意識を強く感じる「発達障害」等が挙げられます。いくらストレッサ―(ストレス源)があっても、身体が反応しなければストレスは感じません。また、自分自身の要因だけでなく、相談に乗ってくれたり、サポートしてくれる上司・同僚・家族の存在によってもストレス反応は変わってくるでしょう。
 こういった諸要因の総合結果として、生体のストレス反応が決まってきます。ストレス反応とは、ストレッサ―によって交感神経緊張状態に陥ったために、副腎皮質ホルモン(アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾールなど)の分泌が増加し、脳を覚醒させ、筋肉への血流を増やし、気道を広げ、消化管の活動を停止させる等の身体に表れる反応です。
 進化の過程で、このよう目前の恐怖/ストレスに対し、戦闘または逃避行動に優れた個体が淘汰され生き残ってきたのです(Fight or flight)。捕食獣が迫りくる恐怖を前にして、戦闘または逃避行動に劣った、「耐える」ことのできた個体は、食べられてしまったことでしょう。この生物進化の歴史が、現代の我々の身体に中に残っている訳です。我々の身体は進化の名残として、ストレスに「耐える」機能は備わっておらず、ストレスには交感神経反応を起こし、アドレナリンを出してしまうのです。
 これらの交感神経活性化により、脳は覚醒し、緊張状態に陥ります。その結果、恒に休息をとれない、不安や緊張により睡眠障害を引き起こすでしょう。また、消化管の動きも抑制されるために、腹痛や下痢等の諸症状も出るかもしれません。こういった不調により引き起こされるのが、急性期の疲労になります。

# ストレス慢性化による疲労
 こういった、交感神経緊張状態が、程度の大小は変化しても長期間継続すると、ストレスの種類に関係なく「適応障害」や「うつ病」といった精神科疾患の診断基準に現れるような症状を示すようになってきます。
 交感神経の緊張が高い状態の時間が長く、副交感神経の活動が優位の時間が短いと、「うつ病の症状」の図に示すように、「精神症状」に加えて、睡眠障害といった「身体症状」を示すようになります。
 この段階ではまだ身体はストレスに抵抗を続けています。これらの諸症状が reversible/可逆的(ストレスがなくなると、症状が消える)であることが、この段階です。

# 交感神経疲弊による疲労
 しかし、交感神経優位の状態に、身体が抵抗を続けている状況は長くは続きません。
 ストレス反応が長期に渡り継続して現れるようになると、身体の持つストレス抵抗値が低下してしまい、「疲労困憊」状態に陥ります。
 「生体のエネルギー」が枯渇し、活動を続けた交感神経系や副腎(副腎皮質ホルモンを分泌してきました)が疲弊し、ストレス源がなくなってももはや正常に機能できなくなっている状態です。
 結果として、「うつ病の症状」の図に見られる諸症状が不可逆的に(ストレスがなくなっても)認められることになります。

 今回のテーマは如何だったでしょうか? 前回の続きで書いたものの、ちょっとややこしかったかも知れません。ここまで書いて、前回の内容、若しくは週刊ダイヤモンド誌の特集を見直すと、不正確な所が目立ってしまいます。新聞記事でも雑誌でも、自分のよく知る領域の記事をみると、アバウトだったり、エビデンスがなくて空想だけで書いてあったりというところが目についてしまいます。
 記事は、こう考えて読まないと、と改めて考えさせられました。
 最後までお読み頂き、有難うございました。




疲労について

 いつも、本blog を訪れて頂き、誠に有難うございます。
 今週の週間ダイヤモンドの特集が、「疲労の正体」でした。痛み、発熱と並び、我々にとって「三大アラーム」と言われている「疲労」ですが、かつて「慢性疲労症候群」たるコンセプト/診断名を立ち上げたものの、どうも統一された疾患概念を定義できずにすっきりした理解ができずに経過してきたのが「疲労」です。これを機に、一度考えてみたいと思います。
 大体、疲労を感じている人の割合をみると、約8割にも上っており、その約半数は「寝ても疲れがとれない」と感じています。この数字は、ネットで何か所かググってみても大体同じ程度の結果になっていますが、約2,500人規模のネットアンケートでみると、20歳代・30歳代の疲労を感じる割合が90%と若い世代で特に高いという結果が目に留まります。エルダーの世代の方が元気?若く働いている人ほど「疲労度」が高く、特に業務負荷が高いと考えられる30・40歳代で「(疲れを)とても感じる」という人の割合が高いようです。
世代別 感じる「疲れ」

 元来、人によって何を「疲労」と呼んでいるのか、その概念・理解が一定しているとは思えないのですが、「「どこに疲労を感じるか」というデータをこの特集記事にみると、①目(62.7%)、②肩(57.8%)、③首(47.4%)、④腰(43.6%)という順になっており、これを見ると携帯、スマートホン、コンピューター機器の影響が強く出ているように想像します。アップル・ウォッチにも、1時間ごとにアラームされて「席から立ち上がってその辺を歩き回る」休息/運動を促す機能が搭載されていますが、長時間、同じ姿勢で集中する(「瞬き」しない)状態でいるのが最も問題です。特に、スマホやPCなどのぞき込むような前傾姿勢を長時間とっていると、頚部もいわゆる straight neck といった変形をきたし、種々の症状に繋がってゆくことも指摘されています。
 会社だと、労働安全衛生上VDT(Visual Digital Terminal、何とも時代がかった呼び名です)問題として取り扱われており、パソコン等の電子機器の条件、置かれた環境、1時間毎に端末から眼を離すことなどの対策が義務付けられており、年に1回講習まで受けなければいけないと制度上決まっています。
 さて、話を戻しまして、「8割の国民が疲労を感じている」ことをもって我が国は疲労大国と特集の中でもあおっていました。では、世界でみると、日本人って疲れているのでしょうか?OECD諸国での2009年データによると、「仕事のストレス 国際比較」は、日本は72%と高い方から16位に位置しており、労働時間は長くてもなかなかストレス・疲労感を感じない、どちらかというと「疲れにくい」国民性のようです。「疲れにくい」のか、我慢強い国民性なのか、ここまでの曖昧な概念の定義をもってすると、このあたりがごちゃごちゃになって捉えられているように思います。
 といっても、ここで「定義を見直そう」とは考えておりません。社会通念と科学上のとらえ方が異なるのはごく一般にありふれた話しです。今後、どういうマーカーを設定するとここまで分解能が悪くて見えなかったことが、ハッブル望遠鏡の導入の時のように!、明快に見えてくる日がくることを期待している状況です。
仕事のストレス 国際比較

 さて、ここまでは、定義があいまいであること、社会環境の変化が影響しており、文化社会学としての軸も設定してゆく必要がありそうであることをお話ししてまいりました。では、特集のタイトルである「疲労の正体」について、雑誌の見解を見てみましょう。

# 活性酸素説
 慢性疲労症候群のコンセプトを拡めた、渡辺恭良 日本疲労学会理事長によると疲労は活性酸素が原因と述べておられます。活性酸素による細胞の障害が問題、という見解です。
 活性酸素とは、O2が一電子還元され、superoxide anion O2-が生成されます。O2-が更に一電子還元されると、O2-- つまりH2O2 過酸化水素水に、更に2電子還元されると、O2----つまりH2O 水になる訳です。このO2- がO2に比べて、電子が1つ余っている(lone pair )ので、反応性の高いラディカルとして、他の生体物質を酸化する訳です。この反応性の高さが問題です。
 となると、吸入酸素濃度を高めると、疲労が増すことになります。また、O2-のターゲットとしてアスコルビン酸(ビタミンC)やトコフェロール(ビタミンE)が、疲労予防に有効、ということになります。ちょっと、そのままでは受け入れにくいですね。渡辺先生は、障害される細胞が自律神経系の調節に関わっている脳幹だと、自律神経の乱れがでるとの御見解ですが、細胞障害が発生するならば、場所の特異性はなく全身どの部位も起こり得るでしょう。特定の症状を引き起こすという説明は難しそうです。

# 疲労回復の方法
 多くの方がとっているのが、「寝る」ことです。あるデータによると、①睡眠 79.7% 、②食事・飲酒 41.4% 、③リラッックス 36.2% 、④運動 12.8% 、⑤健康食品 11.8% という結果でした(複数回答)。 外来で診察していても、睡眠、食べること、中にはお酒・たばこ という方が多いです。中には、ストイックに運動して回復してくれた方もおられますが、人間安直な方に流れがちです。
 本特集では、カフェイン飲料は疲労そのものは取れていないので、かえって状況を悪くする可能性があることが指摘されています。また、睡眠でも入眠して最初のノンレム睡眠/深い睡眠がとれるかどうかが鍵、とも指摘されている点は良いポイントと私も同意です。この最初のノンレム睡眠で「成長ホルモン」の分泌が促進され、疲労回復には最も寄与しているようです。いずれにしても、毎日同じ時間に眠り、同じ時間に起きる生活リズムを一定に保つことが疲労を貯めないためにも重要でしょう。
睡眠経過

 話しが逸れますが、人間/動物はレム睡眠(寝言いったり、動いている状態です)の間に記憶の整理をしている、とも言われています。詳細は、今後確定してゆくことが期待されますが、眠りも深いだけが良い訳ではないのですね。セロクエルやリフレックスを投与して深い眠りに誘導すると、記憶が悪くなるのだろうか?? いや、単なる独り言です。。。

# マインドフルネス
 9月26日のblog 記事
「脳の集中力も疲れも、瞑想も、扁桃体が鍵を握っている」
では、「脳から疲れる」という話題について述べました。疲労には、「肉体的な疲れ」 と 「精神的な疲れ」が考えられます。脳は、脳は体重の約2%を占めるに過ぎないのですが、体が消費している全エネルギーの約20%を使っている大食漢でしたね。この、脳のエネルギー消費の源 前頭・頭頂連合野に分布するDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)の動きにいちいち反応しなくなると、感情も静まり、精神的疲労を低減させることに繋がると期待されます。
 また、9月26日のblogを、この「疲労」の回のあとでお読み頂くと、疲労との関係であらたな「知のネットワーク」が構築できるかも知れません。
 この「肉体的な疲れ vs 精神的な疲れ」については、一度まとめて考えてみたいと思います。何故、疲労が問題になるのか、整理整頓できそうな気がしています。次回に書けたらいいのですが。。。 どうも、興味深い話題が浮かぶと、モチベーションが移動してしまい、なかなか連載にならないのが欠点です。読者の皆さまにとっては、あちこち話題が飛び回るよりも、連載でじっくり関連した話題を読んでいく方が充実感あると思います。少なくとも私が読者の立場にたつと、そのように思います(笑)。課題です。

 今回の話題はいかがでしたでしょうか?今日も、最後まで目を通して頂き、感謝、感謝です。少しでも、皆さまのお役に立てれば幸いです。有難うございました。




脳の集中力も疲れも、瞑想も、扁桃体が鍵を握っている

皆さま、いつも本 blog をお読みくださり、有難うございます。考えた事を智恵としてまとめた形で残して行ければと思いますが、少しでも皆さまのお役に立てるならこれほど嬉しいことはございません。皆さまからのご支援に、ただただ感謝致しております。
 すっかり秋らしい気候が戻って参りました。夏の暑さと台風がずっと続いていたかと思うともう10月半ば、年末の背中が見え始める時期になってしまいました。季節感と暦が合っていないので、どうもリズムが崩れてしまいます。
 神無月前半は24節気では「寒露」、朝露の季節です。真夏から一騎に露を結ぶ気温、自律神経のコントロール範囲外、体調も崩れてしまいます。外来でも、この季節と気圧の変化に体調を崩している患者さまをちょこちょこ拝見致しております。

 さて、前回は「修行では、どのように雑念を排するのか」というテーマでした。我々の心は感情に振り回されている状態で、なかなか集中しきれていないのが実情です。1時間仕事に集中しようとしても、いろいろな雑念が頭をもたげます。LINEのメッセージや、デスクでメールのアラートが立ち上がってくるのでは、最悪です。その都度集中が途切れているのですが、その状況に慣れ切ってしまうと、「集中できていない」ことにさえ気づいていない状況にもなっている人もいるのではないでしょうか。
 その感情に振り回されないための施策が、伝統的には禅や仏教の修行の数々であり、現代風だと自立訓練法であり、最近注目を集めているマインドフルネスです。弊社でも、実際にこういったプログラムを提供していると、瞑想のトレーニングを行うといっても、何やら胡散臭い(?)宗教に感じたり、個々人の業績向上といった目標に対してこの手段が有効なのかどうかどうも腹落ちしなかったり、と取組む意義が感じられないという感想をよく耳にします。
 前回も、「意思とは無関係に感情に翻弄されている」という一節がありましたが、脳のどのようなメカニズムにより雑念が邪魔になるのか、集中が低下するのかといった所を今回はまとめてみたいと考えました。最後までお付き合い頂ければ、幸いです。

# 脳は大食漢
 脳は体重の約2%を占めるに過ぎないのですが、体が消費している全エネルギーの約20%を使っている大食漢です。これだけのエネルギーが何に使われているのでしょうか?そんなに考えているのでしょうか?実は、この約80%が、(脳の)休息時に行われている神経活動、Default Mode Network (DMN)によって消費されています。アクティブな活動中には鎮静化しており、休息時には活発に興奮する神経細胞群が脳には存在しているのです。DMNは、「ボーっとしている時」「瞬きした直後」等に活性化され、意識と無意識をつなぐ信号を調節しているとも考えられています。解剖学的には左右の大脳が合わさった内側面が主な部位で、前頭葉内側面(中でも後部帯状回と楔前部はDMN の中心的役割を果たすと考えられています)、頭頂連合野の後半部、中側頭回などが該当しています(難解でスミマセン)。
 DMNは、2001年に提唱された比較的新しい概念ですが、脳内ネットワークについて少し整理してみます。

# 脳内ネットワークとDMN
 2000年代以後,神経機能画像研究によって,デフォルト・モード・ネットワーク(default-mode network; DMN)などの,前頭・頭頂連合野に広く分布する大規模な機能的ネットワークの存在が明らかになってきました。また,安静状態機能的MRI(resting-state functional MRI; rs-fMRI)をもちいた研究で,これらの大規模機能的ネットワークは,特定の課題や行為に従事していない安静状態でも,自発的に同期して活動していることが解ってきました。
 これら一連のrs-fMRI研究により,DMNの他にも6~8個の大規模機能的ネットワークが存在していることが明らかにされてきました。具体的には、背側注意ネットワーク(dorsal attention network; DAN),前頭頭頂制御ネットワーク(fronto-parietal control network;遂行機能ネットワーク)、顕著性ネットワーク、体性感覚運動ネットワーク、視覚ネットワーク、聴覚ネットワーク、小脳ネットワークなどで、脳ネットワークの基本的な構成要素の全貌が見えてきたという事です(難解で申し訳ありません)。その中でもDMNは最大の volume zone です。
 DMNを担う領域は、ADHD、自閉症、統合失調症、鬱病、アルツハイマー病などで異常を認める領域とも重なっていることから、DMNの異常と病気が結びつく可能性も今後期待されています。更に興味深いのは、DMNを担う領域は,内的思考において活性化される脳領域とよく一致している点です。また,他者のこころを推し量る“こころの理論”をになう社会脳とも,その活動領域が大きく重なっています。
 DMNは安静時に活動上昇を示す一方で,認知課題を遂行しているときは,課題に関連した領域は活動を高めるのに対してDMNは活動の低下を示すことが多いと報告されています。即ち、集中しているときよりも、ボーっとしている時の方がエネルギー消費は大きく、(脳が)疲れるのかもしれませんね。

# 脳から疲労する
 このDMNが活性化されている状態が、頭のなかでさまざまな雑念が渦巻いている状態です。このように、DMNは「心がさまよっているときに働く回路」として知られていますが、人間の脳は、なんと1日のおよそ半分以上を心さまようことに費やしていると考えられています。この上に何か、考えるタスクを加えても、消費エネルギーは約5%程度しか増えないそうです。即ち、脳のアイドリング状態、ボーっとしていたり、雑念やイライラに追われている状態が最もエネルギーを消費し、脳を疲労に追いやっているようです。
更に厄介な事に、脳の疲労は、自律神経系・内分泌系を介して身体に影響を及ぼします。身体への影響が蓄積すると、心身症と呼ばれる状態に至るのです。
 禅、瞑想、マインドフルネスといった介入法においては、未来や過去のことを考えて無駄遣いしているエネルギーをすべて「今、ここ」の気づきに集中することを目指しています。心を集中させることにより、エネルギーの無駄遣いもなくなり、雑念に追われることもなくなるのが目的でした。脳の中で起こっていることは、DMNを抑制することにより「脳から疲労する」状態も改善できるということです。

# 元来、意思は感情をコントロールすることはできない
 前回のblog でも、「人間(動物でも同じと思いますが)、事実を見て、何が起こったか考え、理解し、対応を考える前に、感情が反応してしまう」と書きましたが、感情がまず反応するため、「自分が何を感じているのか知らない時間」ができてしまいます。食欲、性欲のような本能的行動とともに快・不快、喜怒哀楽のような情動として表出されるような心の働きには扁桃体という脳の中でも最も原始的な部分が担っているのに対して、理性的な思考・判断に基づいた社会行動、創造性、意志決定は前頭葉の働きによりますが、この二つの脳は互いに独立して機能しているのです。
 うつ病や不安障害といった疾患では、この扁桃体・海馬を中心とした大脳辺縁系の暴走によるとも考えられております。勿論、元来いろんな病因の結果抑うつ気分や不安・焦燥感が高まっているヘテロな病態の集合体ですので、これでは十分に説明できないケースも見受けられますが。このように脳に過度なストレスがかかると、本能や感情を司る扁桃体が暴走をはじめるのです。理性を司る前頭葉によってこの扁桃体の暴走を抑えるには、それなりのトレーニングが必要になってくるのです。
 アウシュビッツより生還した精神科医ヴィクトール・フランケルの言葉を借りれば、「刺激と反応とのあいだには間隔がある。その間隔に、反応を選ぶ私たちの自由と力がある。私たちの反応の中には、成長と幸せがある」。感情の暴走の前に、一度立ち止まって、自分の感情を客観的に眺めることができると、エネルギーの無駄遣いもなくなり、「成長と幸せ」につながると感じているのです。
 このように一旦立ち止まるには、自分の意識を「今、ここに」集中して、客観的に自分の感情・扁桃体の暴走を眺めるトレーニングが必要になります。注意を統制する能力を伸ばせば、情動に対する自分の反応の仕方に大きな影響を与えられる事は、神経画像研究者のジュリー・プレツィンスキー=ルイスらによる研究データによっても示唆されています。マインドフルネスの提唱者の一人ジョン・カバット・ジンは、マインドフルネスを「特別な形、つまり意図的に、今の瞬間に、評価や判断とは無縁の形で注意を払う事」と定義しています。感情が暴走するのを、「評価や判断」することなく静かに眺めることで、心の平穏を保つことができ、集中力を高めることができるのです。

 今回は、DMNと扁桃体・海馬(大脳辺縁系)の暴走が、エネルギーを消費し脳の疲労に繋がるという内容でご紹介いたしました。これからも、ではどのようにコントロールしてゆけるのか、ご一緒に考えてゆきたいと思います。
今回も長文になってしまいました。ここまでお読み頂き、誠に有難うございました。



修行では、どのように雑念を排するのか

 前回は、「指数関数的成長」を遂げるには、一段階ずつ常識もプラットフォームも改めてゆく必要がある、というイノベーションの話題を取り上げました。今回は、「心」のテーマに帰ってきたいと考えています。
Steve Jobsが「禅」を実践していたことは、皆さんもご存じだと思います。恵まれない境遇に育った彼は、大学中退後に友人とインドに旅行し、聖者と呼ばれたニーム・カロリ・ババに出会ったことで、人生観が一変、帰国後は「仏教徒」に変身していました。
 あの Stanford commencement で語った、”Stay hungry, stay foolish” にも、曹洞宗の祖、洞山良价(とうざんりょうかい)禅師が説いた『愚の如く、魯ろの如く、よく相続するを主中の主と名づく』の影響が色濃く反映されています。またJobsは、伝記作家のウォルター・アイザクソンに、「ただ座ってものごとを見ることの重要性、そうすることによりストレスを開放できること、落ち着くことで直観が洗練される」ことを語っています。
 「禅」の教えを実践していた、トッププレーヤーは沢山おられます。アメリカ合衆国のプロ・バスケットボール監督で、(監督として)11度のリーグ最多優勝を誇るフィル・ジャクソンは「禅マスター」の異名をもっています。Googleで「喫茶去」を促し、リフレッシュできる社内環境を整備した元CEOエリック・シュミットや、臨済宗のお寺で得度した稲盛和夫などが頭に浮かんできます。
 その「禅」に関連して、修行にはどのような効果があるのか、何が変わるのか、何をポイントに取組むのかを考えてみたいと思います。

# 「今ここに集中する」
 今、こうやって原稿を打っている訳ですが、理想の形は、「自分の意識が、穏やかに出入りする呼吸を感じながらまた同時に、キーボードの手先の動作を感じている。周囲から聞こえてくる道ゆく車の音や、雨の音などを何も考えず単なる『音』として受け止めている。文章を作っていると、いろいろな過去の経験が彷彿されるのですが、特に判断することなくそのままの形で受け止めている」というものです。
 しかし、未熟な私としては、実際に色んな雑念が頭をよぎります。「あの件はどうなっていたか?」「そうそう、今日中にあれも片づけなきゃ」「今日の夕食は何にしようか」。。。といった事でしょうか?こういった雑念も頭をもたげそうになり、そこで考え始めるのではなく、そのままの形で受け止める。そして、今目の前のことに集中するのが、良い状況です。こうやって、過去・未来にとらわれず「目の前の事」「今」に集中するのが雑念を廃してゆくには必要になります。
「集中」といっても、人間一日に集中できるのは、実は最大でも2~3 時間と考えられています。ですから、その2~3 時間を何に充てるかという管理能力が問われる訳です。もっとも、毎日の業務の中で90%以上はルーティーン業務をこなす時間ですから、その2~3時間を仕事の中で innovative or challenging な作業に当てるのか、自己研鑽に当てるのか、はたまた自分でモチベーションの高まる仕事を生みだすのか、配分を上手くやらないと効率化は図れないでしょう。

# 「集中」の質を妨げるものたち
 その「集中」の質が、また問題なのです。人間という生き物は、欲・怒り・無知・自分勝手な思いこみ・傲慢さ・他人との比較・妬み・偽善などなどといった煩悩たちに翻弄されつづけているものです。だからこそ、宗教や禅が存在するのであって、何に心を集中するのかを方向づけ、その他の煩悩を打ち捨てるノウハウを我々凡人達にも教えてくれます。座禅を組んで、自分と静かに向き合ってみると、こういった煩悩たちが頭をもたげてきます。「無の境地」に至るには、修行という名の練習を繰り返してゆく必要があるのです。この忙しい時代に、普段から「何もしない時間」が存在することに一種の恐怖感を感じているビジネスマンも多いのではないでしょうか。「何もしない、何も考えない」習慣が全くなく、できるだけ短時間に多くの仕事をこなす「癖」が身についているだけに、次から次へと煩悩が現れてきます。
 そこで、考えないといけないのは、普段集中しているつもりでいても、バックグヤードにはこういった煩悩・雑念が次から次へと出現し、集中を妨げている、という事実です。このバックヤードの活動が、仕事の効率を下げているのです。そう、著しく下げています、しかしなかなか気付かない、見えないふりしています。しかも、心理学者カール・ユングが指摘したように、顕在化された意識の情報量 5% に対して、潜在意識の情報量は95%と、煩悩・雑念を溜め込むスペースが実に大量に、無意識下に存在しているのです。最近、禅やマインドフルネスがビジネスマンに人気上昇中なのはこの雑念をコントロールして、集中度を高め、業務効率を上げたり、創造性を高めたりする効果を期待してのことです。

# 意思とは無関係に感情に翻弄されている
 仏教においては、自らの身体の細部・感覚、そして感情へと純粋な意識を向けて観察することを念(サティ)と呼ばれます。この「念」が欧米に紹介されるときに、mindfulness やinsight と訳されたといわれているようです。マインドフルネスも仏教、禅に源流があるのですね。マインドフルネスが我が国に入ってくる際には、「気付き」という言葉が充てられるようになりました。’mindful of’ という言葉が ‘aware of’ とほぼ同義なので、このような結果になったのでしょうけれども、少しニュアンスがずれています。
 修行、禅などいずれでも、座禅を組み、瞑想の時間を取り、煩悩・雑念にまみれた自分と向き合います。目まぐるしく煩悩の火に焼かれるかのごとく生きているのが平均的人間の姿と思います、心静かにしようとすると、ありとあらゆる感情・煩悩・雑念が頭をもたげます。それこそたった数分の間に、ないものねだりの欲望を抱き、それが叶わぬことに苛立ち怒り、かと思えば、自分に言い訳をして安いプライドにしがみつき、どこかの誰かと自分を比べては妬み、といった具合ですね。

# 何をポイントに雑念を廃するのか
 では、どうやって対処してゆけばいいのでしょうか?それには、そんな自分を否定することなく受入れ、頭をもたげた感情を受入れ、それ以上取り上げることなく、考えを巡らしたり判断したりしない、という練習を繰り返してゆきます。その結果、バックヤードの活動を鎮めて、高い質の「集中」を獲得してゆく、ということです。勿論、言うほど簡単にできるとは思いませんが。
 では、何故「念」「気付き」が重視されるのでしょう。
それは、人間が感情の動物であることに由来しています。人間(動物でも同じと思いますが)、事実を見て、何が起こったか考え、理解し、対応を考える前に、感情が反応してしまうからです。典型的なのは、危険(天敵の肉食獣等)に出会った時には、交感神経緊張状態になり、Fight or flight(戦うか、逃げるか)という反応する身体になっています。肉食獣を前にして瞬間的に反応できなかった個体は、捕食され淘汰されてしまった結果なのです。かように、人間は理解する前に感情が動いてしまう定めを負っているのです。
 皆さんも試しに、どんな些細なきっかけであるにせよ「イラっ」とすることがあるなら、イライラの感情に少しでも早く気づくように、努めてみてください。イライラのきっかけは、たとえば「出かけたいのにお天気が悪い」であっても、「仕事が思ったよりスムーズにいかない」でも、あるいは「家族が何か余計な仕事を増やした」でも何でも構いません。要は、「少しでも早く気づく」ということです。裏を返しますと、イラっとし始めてから瞬時に気づくこともあれば、イラっとして2~3秒して気づくこともあれば、1分くらい経ってから気づくこともある、ということなのです。
 人間には「自分が何を感じているのか知らない時間」がある、「何も感じていないつもりなのに、実は感情が反応していた」事に気付かされるでしょう。いかに心が、私たちの意識を置いてきぼりにして、不意に感情をつくり出している、という事を物語っているのです。「自分が自らの意志でイラっとしているのだ」というのは思いこみで、「先にイラ立ちが生じ」→「後から気づく」ことしかできないものです。

# 判断せずに、ただ「そこにあるがままに」眺める
 この感情に翻弄されないためには、煩悩が湧きあがってきたときに、判断せず、それ以上とりあわず、離れた所から「そこにあるがままに」眺める、ことです。
 第三者の立場で眺める。世阿弥・観阿弥の風姿花伝書にいう「離見の見」の境地とも本質的に同じでしょう。相手と口論になりかけたら、気持ちは後に退いて、(幽体離脱のイメージで)部屋の片隅から口論になりかけている自分の姿を眺めてみる。そこにあるがままに眺めることによって、感情が反応しないようにする、という事と同じ発想です。
 そのように繰り替えしていると、次々に湧き上がってくる煩悩に感情が反応しない/心奪われることなくなってゆくようになってゆくという訳です。禅の修行でも、「無の境地」というのでしょうか、5年も10年もかかって(しかも生活のすべてが修行、という環境でも)到達できる次元です。しかし、凡人の悲しいかな、「何かを得たい」「体得したい」と考えてしまうと、既にバランスが崩れます。頭の中はドーパミンの分泌が高まり、身体では交感神経優位に傾き、上に書いた fight or flight の状態に身構えてしまいます。
 座禅においても、瞑想に向かうに「呼吸に集中しよう」「身体に集中しよう」と、無意識レベルで集中を「得たい」と欲求しているせいで、多くの人が緊張し力んでしまうのも同じことでしょう。「無関心さ」が求められます。

 「感情が反応しない」という「非日常」を得ることが修行の修行たる価値でしょう。我々の毎日の生活で、誰でもやっていることと同じことをやっていては、差別化が図れません。こうやって、何か一つ「非日常」の取組みこそ必要だと思います。

 イギリスの推理小説家 アガサ・クリスティーは、「本の構想を練るのは皿洗いしている時が一番いい」と述べています。「気付きの欠落」に、日々の雑用をこなしていると簡単に陥ってしまうのですが、雑念に翻弄されないだけ修行(?)が進んでいるからこそ、皿洗いしながら他の問題の整理整頓ができる状況なのでしょう。

 今回は、内容が広きにわたってしまい、長文になってしまいました。最後まで目を通していただき、深く感謝申し上げます。


心のマネジメントに大切な深呼吸

 皆さま、長らくお待たせいたしました。
 これまで、更新できておらず皆さまにご迷惑おかけしておりました事、心よりお詫び申し上げたいと思います。暫定的にblog の更新を中断していた訳ですが、時間の過ぎるのは早く、あっという間に時間が経ってしまいました。
 再度、blog を復活させて、情報発信に努めることに致しました。
 「心を扱う専門家集団」の代表をやらせて頂いている関係上、「人の心」と関係のある話しを多く取り上げさせて頂ければと考えております。

 そこで、復活第一回目は「息」つまり「呼吸」について考えてみたいと思います。「息」という漢字は、自分の心、と書くように、どうも呼吸は「心」に影響があるようです。この「息」という漢字の成立ちは、「自」は鼻の象形、「心」は心臓を象形している会意文字ということで、心臓部から鼻に抜ける「いき」を意味しているそうです。なるほど、「自」の本義は鼻なのですね。かつて人々は話の中で自分のことを強調する時、常々親指で自分の鼻を指していた為、「自」は自分の意味を表示するのに用いられるようになったという事のようです。

息という字

 深呼吸が心のマネジメントに有用な事は、いろんな方法に取入れられていることから理解できるでしょう。自律訓練法では深い呼吸の訓練ですし、ヨガの3大要素は「姿勢」「呼吸」「瞑想」です。最近その名前を良く聞くようになったマインドフルネスでも瞑想状態に入ってゆく「ツール」は「呼吸」です。催眠療法(ヒプノセラピー)でも、ゆっくりと深呼吸を続けている間に、催眠状態に入ってゆきます。
 因みに、今回は触れませんが「瞑想」状態は、一つの事に集中して身体の余計なりきみが抜けているランニングハイや、ゾーン、フロー状態と同じ状態です。「リラックス」と「集中」が同時に達成できている状態で、脳内ではセロトニンやβエンドルフィンが分泌されています。

# 深呼吸と腹式呼吸
 さて、ここで要求されるのは、「深呼吸」です。「腹式呼吸」ということですが、中学や高校で音楽の時間歌を歌う時に一度はお目に掛かったのではないかと思いますが、なかなか苦手でイメージしにくい方も多いでしょう。女性では「胸式呼吸」を用いているのが普通ですので、腹式呼吸がイメージできないという方も多いようです。姿勢を正して、丹田のツボに力を込めて横隔膜をふいごの様に用いて「息」を吐いたり、吸ったりします。姿勢を正すには、壁や柱にかかとから頭までぴったりくっつけてみましょう。おなかの出てしまう方は、丹田に力を込めて、おなかをひっこめてみましょう。丹田のツボは、へその下3~4横指程度下、正中にあります。横隔膜は胸と腹の境にある横紋筋・自分で意図的に動かせる筋肉です。

# 呼吸法
 「呼吸」という言葉が示すように、まず「吐いて」後から「吸う」、大切なのは「吐く」プロセスです。自律訓練法で、ヨガ、マインドフルネスのいずれでも、おおよそ8秒間かけて息をゆっくり最後まで吐きだし、4秒間かけて吸います。
 いずれの方法でも、姿勢を正し、呼吸をコントロールしながら、意識を体に集中させてゆきます。ヨガなら、各ポーズを取りながら呼吸をコントロールします。自律訓練法なら、椅子に座る or 仰向けになり、まず、両手足の重さに意識を集中してゆき、余分な力を抜いてゆきます。次に、手足の暖かさに意識を向け、リラクセーションを進めます。このように、自分の身体に意識をむけ「リラクセーション」を進めてゆく、一種の自己催眠によるリラクセーション法です。

# 深呼吸で何が得られるのか?
 この呼吸法によって影響を受けるのが、自律神経です。自律神経系には、皆さんもご存じのように交感神経と副交感神経の2種類が存在しますが、心臓、胃腸、呼吸器といった内臓系の活動を調整し、24時間動き続けてくれています。意図的にコントロールすることができないのですが、その中で唯一自分の意思で動かすことができるのが呼吸です。
 深呼吸により、自律神経すなはち、交感神経と副交感神経のバランスが副交感優位になってゆきます。何故深呼吸をすると、副交感神経優位になってゆくか?それは副交感神経が内臓に広く分布しているためです。深呼吸することにより、腹圧を高め、この内臓に分布する副交感神経を刺激してゆく、その結果副交感神経優位の状態を作り出し、「リラックス」できるのです。
 人が最高のパフォーマンスを発揮できるのは、「リラックス」と「集中」が同時に達成できている時。すなはち、心身ともにリラックスしながら、目の前の仕事・芸術等に集中できている状態です。このリラックスを生み出すのが、副交感神経を刺激する深呼吸という訳です。



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プロフィール

scaramouche

Author:scaramouche
I am an Executive coach, Consultant and Negotiator working in Tokyo, Japan. In charge with develop people, leadership management and motivation management, supporting president level, executive level and organization level.
Concurrently a visiting lecturer/researcher in Ohmae Kenichi School of Business.

After earning MD and PhD in medicine, I experienced medical practice as an anesthesiologist and ICU expert followed by scientific research work of molecular biology and molecular genetics. Following academic experiences, I joined to a global pharmaceutical company, and experienced Drug Discovery projects, Biomarker works in global Biomarker group, and Drug Development projects in the global context of drug development. Through my medical and business career, I have shown leadership involving internal and external stakeholders to create the value of projects.

Specialties: MBA (Business strategy, Marketing, and People Development), GLLC Certified Coach, JCA Certified Medical Coach, ABNLP Certified NLP practitioner, JNLPA Certified NLP practitioner, JSNS Certified Negotiation analyst, MD.Sc, PhD (Medical), Faculty Fellow of Pharmaceutical Medicine, Certification by the Training course of Biomedical Ethics and Law (Tokyo University).

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