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2020-04

 「イギリスの大学・ニッポンの大学」- グローバル化時代の大学論 苅谷剛彦著 (公新書ラクレ)

 今回も、以前取り上げた「自由と規律」(池田 潔 著)に引き続いて、イギリスの教育を題材に「人材育成」の概念について考えてみたいと思います(*1)。著者の苅谷剛彦氏は、東京大学大学院教育学研究科修士課程を修了後、ノースウェスタン大学大学院博士課程を修了(Ph.D. 社会学)され、その後東京大学大学院教育学研究科教授を経て、2008年よりオックスフォード大学社会学科および現代日本研究所教授、セント・アントニーズ・カレッジ・フェローを勤めておられます。教育学者の目を通して日本、アメリカ、イギリスの教育と人材育成の長所・短所を見つめてこられ、鋭く本質を突いた、我々人財育成に関わる者にとっては貴重な視点を与えてくれる良書でした。
イギリスの大学・ニッポンの大学


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# グローバル化時代の高等教育とは
 学生も教員も多国籍であることが当然であり、そこに自国のみならず「世界の問題」をテーマとして取り扱うことが、大学の研究・教育の素地、資源となっています。日本の大学になくて、アメリカやオクスブリッジといったワールドクラスの大学にあるのが、「世界の問題」を直接議論し、知的に格闘する機会を持てることではないでしょうか。
 グローバルな問題を議論し、解決するために、世界中から優秀な教員と学生を集め、グローバルに貢献できる人材を育成することで、グローバル化の時代に「教育」を通じて貢献していると言えるのではないでしょうか。

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# チュートリアルを重んじる教育
 オクスフォードを特徴づけているのが、カレッジ(学寮)とそこで行われる「チュートリアル」と呼ばれている個別指導中心の教育です。
 チュートリアルは、学生2~3人に1人の教官がついて、毎週行われます。学生は、出された課題に対して一週間で何冊もの文献を読み、分析し、自分の考えをレポートにまとめて提出し、そのレポートについて教官と質疑・議論が行われます。日本の大学の教育は講義を聞く”teaching”が中心ですが、ここでは「自分で考える」ことが求められ、その読み書きを中心とした個別学習を通じて分析力や批判的思考力が育ってゆくと考えられています。
 伝統を通じて、多くを読んで書いて議論する”learning” が求められており、徹底して考えることが教育の中心に置かれているのです。
本書では、オクスフォードの教授達が語る大学教育の使命が次のように紹介されています。「高等教育とは、批判的な思考をリベラルな教育を通じて発展させることである」「(それは)どのような科目を通じてであれ、個人のコミュニケーションと批判の能力(統合・分析・表現)を発展させることである」と。「自由と規律」でも紹介しましたように、400年の伝統を経た経験と自信に裏付けられたイギリス人の教育理念が凝縮されてように感じます(*1)。そこには、左脳による分析能力・問題解決能力と、右脳による相手を理解するコミュニケーション能力のバランスが表現されていますが、私も全く同感でした。コミュニケーション能力、特に相手とその感情を理解する力は、コーチングを仕事としてトレーニングを重ねているプロコーチにとっても容易ならざる領域であると日々実感致します。経験とトレーニングを重ねれば重ねるほどに、ますますその難しさと奥深さが理解できてきます。イギリス人の対人能力は、己の特権に対して社会貢献で報いる noblesse oblige の概念をパブリックスクールや家庭の教育で叩きこまれてきたことが土台になっているのではないかと思われます。
 さて、ここでもう一点言及しておきたいのは、「リベラルな教育」についてです(*2)。ここに高等教育を職業訓練と差別化するコンセプトがあるように思えます。どの職業についても、その実践を支える知識をupdate できる実践家を育てる、自分で考え、仮説・検証し、自己学習能力をもち、その結果現在の知識・情報に改定を加えて未来へと継承することに貢献できる実践家を育てることがその使命にあるのではないでしょうか。

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 本書を通じて最も感動したのは、必要な所に必要な投資(決してコストではありません)と労力が配分されている、チュートリアルを始めとしたシステムでした。私の周囲をみても、教育の場であれ企業であれ、目標や理念の段階では熱っぽく語られていても、それを実践に移すための具体的な方法やリソース配分という問題になるとほとんど上手く機能していない状況にしばしば遭遇します。箱モノばかりにリソースが配分される、といった人材育成を考えていない状況も長く続いていました。「変えよう」というチャレンジをサボってきた結果とも思います。
 今、何が必要か、何が重要か、と改めて考えさせられるオクスフォードのシステムでした。大多数の人間は変わらないものであり、イギリスでもここまで来るのに長い年月を必要としたのでしょう。しかし今の時代だからこそ、「変えることのできるものを変える」勇気とチャレンジのために、お役にたてればと思います。


【参考】
*1 自由と規律―イギリスの学校生活  池田 潔【著】(岩波新書)
http://shibatacoaching.blog.fc2.com/blog-entry-37.html

*2 liberal : 進歩主義者、改革主義者





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書評 : 現実を視よ 柳井 正 著 (PHP研究所)

 一月も最後の日を迎えて、もう一年の8%があっという間に過ぎてしまったことに改めて驚かされます。この「あっという間に」という感覚を持っている限り、振り返るまでもなく大した仕事ができていない事に自分でも唖然としている所です。
 本書は、こんな平和ボケしてしまった日本人に「喝を入れる」一冊で、自らに対する戒めのためにも改めてここに取り上げることにしてみました。「現実を看よ」というタイトルからも、我々がいかに現実が見えていないか、現実を知らずに井の中の蛙・茹で蛙になっているのかを、ファーストリテイリングの柳井 正 社長が激白せずにはおられないという迫力に満ちた一冊です。
 自身でもお書きになられておられるように、このようなメッセージの出し方は一経営者としては正しい判断ではないのかも知れません。しかし、祖国日本を愛する一人の日本人として、日本の復活を願うと、既に遅きに失した感もあって、激しい表現にならざるを得ない感情の奔流を諸処に感じさせてくれます。大前研一学長との共著で、2010年9月に出版された「この国を出よ」(現在は小学館文庫)のある意味で続編でもあり、同じロジックに乗っている所も多々散見されますが、前著で「もう黙っていられない」と吐白されていた柳井 社長が更に黙ってられない状況に我が国もなりつつある危機感が伝わってきます。
 この気迫、というか感情の奔流に一人一人の国民が立ち上がって欲しいと願う一冊です。

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 プロローグのタイトルにもあるように「成長しなければ、即死する」ほど、変化が激しい時代です。かつて先進国は、TVを例に挙げると、白黒→カラー→ブラウン管→デジタルといった進化を何十年もかかって遂げてきました。我々の身体には、そのスピード感が染み付いています。しかし、新興国では先進国のかつての歩みをたどってくるのではなく、いきなりデジタルの舞台で戦いが始まります。勿論、皆さん言葉の上ではよく知っています。しかし、現実に対応行動に移せないのが人間です。悲しいかな、身体に染み付いた習慣は、意識することなく消し去ることは容易ではないのです。
 我々に必要なことは、過去を「意識的」「積極的」にイレースしてゆくことなのです。断捨離が大流行ですが、捨てることなく新しい一歩は踏み出せないのではないでしょうか。自分にとって価値・意味のあるものを「残す」という視点に加えて、新陳代謝を加速するために「必要なもの」も意識的に捨てる、必要だからこそ新しいものを取り入れるハングリーさが求められるように感じます。
 特に団塊の世代の皆さまは、高度成長時代の「成功体験」が記憶に染み付いておられます。20年に渡るデフレの時代、収入は減り、おこずかいも減り、と「いいことないな~」と嘆息していると、いつまでも成功体験(何年前のことでしょうか?)にしがみついていたいという気持ちも解らないではありません。我々は、自尊心が満たされないと生きてはゆけないのです。
 今の時代、「ハングリー」感覚は、自ら意識的に取り入れる不断の努力が必要になっているのかも知れません。

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 このブログを読んで頂きている読者の皆さまは(感謝、感謝です)、Steve Jobs の語った ‘Stay hungry, stay foolish’ はご存じでしょう。「グレリンを介して、空腹が記憶力など脳の機能を向上させる」と結論される、Tamas L Horvath氏( Yale University School of Medicine)らの研究が、 2006年にNature Neuroscience誌の電子版に掲載されました(*1)。最近では、空腹になると記憶力が上がることを、同じくショウジョウバエの実験で示されたと、東京都医学総合研究所などのチームが2013年1月25日号の米科学誌サイエンスに発表しています。
 と、ネズミとショウジョウバエで示されたのですが、実際に空腹の時の方は脳の活動・記憶力には有利なようです。話が、本物の’hungry’に飛んでしまい申し訳なかったのですが、食べ物に不自由することのない日常生活でも意識的に’physically hungry’さを求める必要があるように、たとえ目には見えなくても ’mentally hungry’ さも意識して作り出してゆく必要があることに、今回のブログを書いていて気づかされました。

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 それでも、我が国は変わりません。「変えることのできないものを受入れる柔軟性と、変えることのできるものを変える勇気」が、ビジネスでも人生でも求められることは読者の皆さまには納得感を共有できるのではないでしょうか。
 違う視点からみると、「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えることができる」という風にも形式知化することができるでしょう。この2つの表現は全く同じ現象を述べている訳ではありませんが、本質的には等しい内容でしょう。
 いずれにしても、意識的に、積極的に取り組んでゆかないと成果にはつながらないということではないでしょうか。第三者のサポートが機能する領域です。


【引用】
*1 ‘Ghrelin controls hippocampal spine synapse density and memory performance’
http://www.nature.com/neuro/journal/v9/n3/abs/nn1656.html






自由と規律―イギリスの学校生活  池田 潔【著】(岩波新書)

 今回は、イギリスの教育を描いた池田潔氏の代表的な随筆「自由と規律‐イギリスの学校生活」をご紹介したい。Gentleman たる人間形成は、オクスブリッジといった大学における伝統的な教育過程で行われていると皆さん理解されていると思うのだが、実はその前過程の中学・高校にあたるボーディングスクール、パブリックスクールにおいてイギリス人の土台が形成されていることが良く伝わってくる。著者の池田潔氏(1903年10月4日 - 1990年3月14日)は、慶應義塾大学文学部英文科教授(1945-1971)を務めたイギリス文学者、評論家、随筆家として知られている。旧制麻布中学4年次を終えてから17歳で渡英し、パブリックスクールのリース校(The Leys School)を卒業、更にケンブリッジ大学に5年、ハイデルベルク大学に3年学ばれた。著者が実際にリース・スクールで接した、自由の精神が厳格な規律の中で育まれてゆく教育システムが、単にインタビューによる情報収集ではなく、著者自身の直接体験として活き活きと描きだされている。著者自身が身をもって、五感を通して理解した体験の記述ゆえに読者に伝わってくる迫力を感じとれる一冊といえるであろう。
 本書が著わされたのは1949年、もともとは戦後の混乱期にイギリスの民主主義精神を伝える書であったが、現在も「教育とは」「人間形成とは」といった人材育成の本質を問いかける名著として燦然と輝いていると私には感じられる。

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# イギリス人気質の源泉がここにある
 イギリスの人文史は、正に個人の自由獲得の歴史であった。
イギリス人のもつ伝統への愛着と、必要とあればこれを潔く改める勇気は、この自由獲得のためトレードオフの「判断」を重ねてきた歴史を物語っていると思われる。良識によって到達した「判断」を、彼らイギリス人は敢然と実行に移す勇気をもっている。
 オクスブリッジについても、知識教育は従属的で、人格の涵養、礼儀作法の習得といった「紳士道の修行」という教育が強調されるが、この教育もパブリックスクールを基礎とした上に立つことを前提とされている、と著者は強調している。オクスブリッジの自由で豊かな生活に比べて、著者の描き出すパブリックスクールの生活は、極めて制限された、物質的に苛薄な生活であった。その生活は、パブリックスクール教育の主眼が精神と肉体の鍛錬におかれていることから設定されており、わが子を預ける親も社会も必要な「鍛錬」として受け入れている。叩いて、叩いて、叩き込むことが、パブリックスクール教育の本質であり、これが青少年の時期にとって絶対必要であるとイギリス人は考えている、と述べられている。
 実は、母親を中心としたイギリス家庭の躾の厳しさは伝統的に定評がある。まず、型にはめることが人間形成に必須であり、自由であることの自己責任をとれるようになるには厳しい人間形成が必要という価値観が脈々と伝えられてきている。

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# イギリスの教育制度
 公立校であるエレメンタリースクール、グランマースクールのパスの他に、プレパレートリースクール、パブリックスクールといった高度な教育を目指す学生のためのパスがある。パブリックスクールは、国民の中の少数の特殊階級のための機関であり、その出身者は社会に出た後、特殊な待遇を与えられている。
 パブリックスクールは全寮制であるが、校長の家と学校、寄宿舎は同じ土地に建てられている。ハウスマスターと呼ばれる教員と生徒が共同生活を営むことにより、共同生活の中での責任、規律、自制耐乏の訓練に供される。即ち、母校の名誉を高めることを共同の目的として、自己を抑制する価値観を身につけてゆく。スポーツも個々人が私を捨てて全体の共通目的の達成に奉仕する精神を育成する手段として重要視されており、ラグビー、ホッケー、クリケットにかなりの時間が割かれている。
 このように全体に奉仕し、自己抑制を強いる人材育成は、現代のような多様性を求められる時代にはそぐわない感もある。パブリックスクールのパスに乗るのは極限られた人数であり、彼らは社会ではリーダーシップを求められる立場であるので、異彩を放つ尖った人財からいかに能力を引出して活用するかといったスキルが求められるのであろう。

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# Noblesse oblige の意味
 このように、母校の名誉のため、国家の名誉のために自己を抑制して奉仕するイギリス人の価値観が家庭・初等中等教育を通じて培われる様子が、日々の生活を通して描かれ良く伝わってくる。
 古い話題になるが(筆者は第二次世界大戦前のリース・スクールに学んでいる)、第一次世界大戦の宣戦布告当初、まだ兵役が志願制であった頃、オクスフォード大学、ケンブリッジ大学やパブリックスクールの学生など、所謂特権階級の子弟が率先して国難に立ち向かっていた。社会的に優遇されていた彼らが、それに対する義務を潔く果たそうと自ら志願したのであろう。この Noblesse oblige の精神が、イギリス人の自己を抑制し全体の目的達成に奉仕するDNAとして伝えられていることを、本書は如何なく伝えている。
 我が国においても、特攻隊に志願したのは、東京六大学の学生・卒業生が多かった。彼らは、日本の敗戦を感じ取っていたが、国に奉仕するというよりは自分の大切な家族を守るために志願していった。Noblesse oblige の精神とはやや趣は異なるが、それだけの勇気と行動を引出す教育と訓練がそのバックボーンにあったことは疑いない。

 本書は、イギリス人のDNAに脈々と伝わる気質が、どのように形成されていくのかを伝えてくれる。そのイギリス人の教育を通じて、「教育とは?」「人間形成とは?」といった本質的な問いについて考えさせてくれる名著と言えよう。
  かつて日本は、明治維新しかり、第二次世界大戦しかりと、後がない状況になって初めて地力を発揮して、修羅場を乗り越えてきた。現在の経済が衰退し、国の存在感が低下の一途をたどる状況で、再度地力を発揮するべき時にきているものの、これまでの歴史と異なるのは人財力である。
 既に60年を経ているが、改めて見つめ直すべき本質に立ち戻るよう警鐘を鳴らしてくれているようでもある。そして、本質にたって鍛えるには、贅沢であってはいけないようだ。普段の何でもない時の生き方から問われているようである。





書評: 藤原和博著 「坂の上の坂」

書評: 藤原和博著 「坂の上の坂: 30代から始めておきたい55のこと」 (ポプラ社:ポプラ文庫)

「坂の上の坂」(ポプラ社)
「坂の上の坂」ポプラ文庫


 今回は、民間人校長として著名な藤原和博氏の「坂の上の坂」を題材に雑感を述べてみたいと思います。いつも、3,000、4,000字といった長い文章を書いてしまうので、短くて皆さまにとっても負担の少ない文章も書こうと自戒の意味も込めて書評を試みてみることにしました。
 著者の藤原和博氏は、1955年生まれ高度成長期を肌感覚で知る最後の世代で、時代の変遷を体感され、変化の中で、社会と人の幸せを問いかけ続けたところにこの著書を著された視点の原点があります。東大を卒業されたのち、当時はベンチャー企業として全く世に知られていなかったリクルートに就職される、という元来challenging な性格と考えられ、「安定」という言葉は彼の辞書にはない開拓精神にあふれる故の人生を歩まれてこられました。また、リクルートの企業文化も当時の重厚長大産業全盛時代にあって21世紀のベンチャー精神を先取りしたものであり、著者の性格・長所を受け入れる組織としては最高のめぐり合わせであったのではないでしょうか。
 題名は、司馬遼太郎氏の長編歴史小説「坂の上の雲」と対比してつけられている訳ですが、「坂の上の雲」は皆さまもよくご存じのように、封建の世から目覚めたばかりの日本が、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い登って行った近代国家・列強を「坂の上の雲」に例えてつけられた題名です。「坂の上の雲」の後半は歴史小説「日露戦争」の様相を呈していますが、列強国「ロシア」に勝利する大番狂わせを演じて国際的に近代国家の仲間入りを果たした所に国家として一段坂を登った「時間」を感じることができるでしょう。
 これに対して、「坂の上の坂」には、21世紀変化の激しい時代(キーワードはagility と言ってもよいのではないでしょうか)、一歩先は見えない立場になった時代、坂を登っても次の「坂」しか見えない、というメッセージが込められています。即ち、目指すべき「雲」は決して所与ではなく、自分で自分自身のビジョンとゴールをゼロベースで設定し、一歩進むとPDCAを繰り返しビジョンとゴールを検証し、再びゼロベースでビジョンとゴールの仮説をたてる事が求められています。常に、一歩先の見えない状況において仮説検証を求められるため、経験値が必ずしも当てはめられる訳ではなく、新しい状況を理解するために新しい知識・知恵が求められ続ける時代環境に移行した、ということでしょう。

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 本書は、藤原和博氏がその時々の時代背景を考え、著者が何を感じ、どのように考えて行動し、そして何を学んできたかをつづった自叙伝です。「55歳までにやっておきたい55のこと」「30代から始めておきたい55のこと」と副題にもあるように、平均寿命も短く、ひと山超えて人生の終わりを迎える「坂の上の雲」の時代に比べて、ひと山越えてもまだ残りの人生は長くまだ山を幾つも越えてゆかねばならない現代において、”50代からの30年間をどう過ごすか?”「坂の上を坂」を登るにはそのための準備と新たな心構えが必要なことを書き記すといった動機で本書を企画されておられます。
 この時代変化を肌感覚で伝えているところが本書の秀逸なところであり、この時代変化の中に人生を送られ、開拓精神から世の中を眺め、また知的好奇心・資質に恵まれたといった条件のそろっておられた著者ゆえに達成できた良書といえるでしょう。我々がこの書に接する機会を得ることができた最大の功労者は、リクルートではないでしょうか。新卒時代の若き著者を受入れ、承認することのできる時代を先んじる組織に出会うことがなければ、著者がchallenging な歩みを続けることも、本書もなかったでしょう。

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 本書は、「無謀なことをやろうとするほど、人は応援してくれる」という魅力的で、全面的に同意できるテーマで始まっています。ただし、誰でも応援してはくれません。同じレベル、ビジョンに共感できるだけの相手を選ばなければならないでしょう。それも、論語に「君子は和して同ぜず。小人同じて和せず」(子路第十三の二十三)と本質を捉えられているように、表面的には直接応援はしてくれません。そういう相手を選ばなければならず、そういった相手のためこそ時間を使わなければならないのです。話を元に戻して、各々のテーマはまた取り上げてみたい本質的な魅力に溢れているのですが、またの機会に取り上げるとして、今回は全体の流れを考えてみたいと思います。
 著者は、37歳から2年間リクルート社員としてヨーロッパに駐在し、海外で独立しておられます。「あえて危機を演出することが、自分を成長させる」ためと述べられておられますが、欧米に追い付け追い越せという「与えられた目標」に向かって、均一な文化であった当時新興国の日本にあって、先進国・成熟国家に移行する時期を前にどのように対応し、どのような準備をしたらよいのか国内では何も見えてこない不安にかられて先進国の環境に飛び込まれたのだと思います。
 そこで著者が見たものは、高度成長期の日本のような「みんな一緒」の社会ではなく、一億総中流社会と呼ばれた塊が「一人一人」に分かれてゆく社会でした。我々は今 ”diversity” と呼んでいますが、社会全体・企業全体で一つの均質な目標を掲げるのではなく、「みんな違ってみんないい」(*1)というように、個々人が多様な価値観をもち各々の生き方を追い求める「成熟社会」でした。日本も、今「成熟社会」への移行に直面していますが、大前研一学長の言葉を借りると「volume 国家からquality 国家へのパラダイムシフトが求められている」と同じ方向を指しているとも言えるでしょう。
欧米といった均一な目標を追う中で、出世・年収などに差別化の要因を求めた高度成長期から脱して、成熟社会は「多様性」の中に生きる喜び、幸せを求めてゆく社会です。このパラダイムシフトをドライブするに当たって、著者がターゲットにしたものは「教育」でした。人が変わらないと、人生も社会も変わらない、ということでしょう(*2)。正解主義、前例主義、事なかれ主義の社会を教育から変えよう、というチャレンジでした。皆さんも実感されるように、まだ我々の社会には「成熟国家」・「quality 国家」のコンセプトが共有されていません。本来は、経済成長の具体的な政策を掲げて、国家のリーダーがその責を負うべきことかも知れませんが、不幸にして日本は「リーダーシップ」という資質に大きく欠けた国です。日本人がリーダーシップに欠けた国民とは思いませんが、リーダーシップを育む文化と教育に欠けた国と思います。

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 最後に、著者は「これから心掛けていくべき」は、「『会社』ではなく『社会』へ、さらには『家族との人生』へ意識をシフトすること」と成熟社会で取り組んでゆくメッセージを伝えています。企業では、利益のためにビジネス行っているのは既に過去の姿として認識されており、「どのような社会貢献」をしているかが消費者に見られています。アメリカの1%の大富豪にとっては、寄付行為であったり慈善事業を展開してゆくことが、価値ある人生と理解されている、といった21世紀のグローバル環境と一体化する文化を築くこと必要性を伝えています。また、放射能や国債などで孫世代への借りはじつに大きく、「教育」でお返しるすしかない、として「孫育て」にコミットする提案をされています。
 著者の大海への一滴、日本の文化へのチャレンジが、皆さんの共感と共鳴を生み出せるように、我々一人一人が触媒になってゆけるように、一人一人がやるべきことを考えるきっかけになる一冊ではないでしょうか。
 グローバル化の波にとり残されようとしている日本が変わるために、残された時間はわずかです。


【引用】
*1 金子みすず「わたしと小鳥と鈴と」より、最後の一行

*2 ヒンズー教の教え
「心が変われば、態度が変わる。 態度が変われば、行動が変わる。 行動が変われば、習慣が変わる。 習慣が変われば、人格が変わる。 人格が変われば、運命が変わる。 運命が変われば、人生が変わる」

*3 参考 
「成毛眞ブログの書評」





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プロフィール

scaramouche

Author:scaramouche
I am an Executive coach, Consultant and Negotiator working in Tokyo, Japan. In charge with develop people, leadership management and motivation management, supporting president level, executive level and organization level.
Concurrently a visiting lecturer/researcher in Ohmae Kenichi School of Business.

After earning MD and PhD in medicine, I experienced medical practice as an anesthesiologist and ICU expert followed by scientific research work of molecular biology and molecular genetics. Following academic experiences, I joined to a global pharmaceutical company, and experienced Drug Discovery projects, Biomarker works in global Biomarker group, and Drug Development projects in the global context of drug development. Through my medical and business career, I have shown leadership involving internal and external stakeholders to create the value of projects.

Specialties: MBA (Business strategy, Marketing, and People Development), GLLC Certified Coach, JCA Certified Medical Coach, ABNLP Certified NLP practitioner, JNLPA Certified NLP practitioner, JSNS Certified Negotiation analyst, MD.Sc, PhD (Medical), Faculty Fellow of Pharmaceutical Medicine, Certification by the Training course of Biomedical Ethics and Law (Tokyo University).

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